ドムは言い出したら聞かないところがある。とは、結婚生活も三年目に突入したマックスの実感である。彼女が仕事で無茶をすると聞いて、たしなめたことは何度もあるが、何一つ聞き入れられた試しがない。「出来ると確信したから受けたの。素人のあなたに口出しされたくない」と痛い台詞を言われたこともある。
たしかに、マックスはドムの仕事に関しては素人だ。しかし、軍人としての経験や夫からの助言を、すこしは受け入れてほしい。「あなたって、ちょっとコントロールフリークなところがあると思う」とは、彼女の苦言。
「君は一ミリだってコントロールされたことないのに?」
「あのね、信用してほしいの。わたしは自立した一人の成人女性で、自分で物事を判断出来るし、万が一の対処も出来るって」
その瞳は、強い意志をきらりと見せていた。だから、マックスはとうとう折れた。「分かった。君のやりたいことに、僕の勝手な気持ちを押しつけないと約束しよう」と苦笑し、子どもたちがやるように指切りまでした。ほんとうはまだ不安も残っていたけれど、嬉しそうに「わたしのこと、これからも信用してね」とにこやかに小指を振るドムを見れば、これでよかったのかもしれないと思える。
そう、彼女は自分で物事を判断出来るひとだ──しかし、これは事前に相談してほしかった。
「あなたのこと、抱きたい!」
語尾に強めの意思を乗せた台詞。「なんのことかな」とさり気なく聞こえなかったふりをしたら、「マックスのこと、抱きたい! って言ったの」と確実に聞こえる声量で返されてしまった。その、抱きたいというのは、セックスのことですか。なんて馬鹿な質問はしなかった。ドムは右手にまだパッケージから出してもいない性具(分かってしまう自分が嫌になるが、ペニスバンドだ。それも透けた蛍光ピンクの)を持っていて、左手にはアナル専用と書かれたローションを握りしめている。
これがディルドとローションなら、マックスも「新しい夜のあれやこれやに挑戦したいのかな、ふふ、君って結構もの好きだね」とかなんとか言葉責めをしながら楽しめたが、ペニスバンドだぞ!? ドムは本気だ。本気で僕のことを抱こうとしている……と後退りした。が、拒絶することはためらわれた。
愛する妻に「お願い……いつも可愛がられるばっかりで、ずーっと足りない気がしてたの。わたしも、あなたのこといっぱい可愛がりたい……」と潤んだ瞳で懇願されてもなお、自分の貞操を心配するような夫がいるか? いない。すくなくとも、マックスは彼女を拒絶出来なかった。いつかのように、「分かった。君のやりたいことに付き合うよ」と答えてしまった。
ドムの顔がぱあっと明るくなり、「じゃあ、準備! 準備しよう!」とマックスをバスルームへ連れて行こうとするものだから、さすがにそれは恥ずかしすぎると丁寧にお断りした。諜報活動全盛期に色々と仕入れた知識と、グーグルで調べた「アナルセックス 準備」の検索結果をもとに、彼女が買っておいた諸々を使って洗浄を行う。
なんとなく、気づかないうちに化け物に食われる準備を自らの手でしていたという童話を思い出していた。いや、ドムは化け物じゃないし、不浄の場所を彼女に触れられるのはちょっと、というかものすごく気が引けるから自分で準備をするのは当たり前だ。それにしても、ドムは話がいきなりすぎる。もうちょっとこう、事前に(たとえば昨夜のセックスの最中とかに)尻に触れるとかそういうモーションがあれば僕だって──とマックスが振り返って、おや? となる。
──いや、あったなそういうこと。
結婚してからもそれなりの頻度で身体を重ねているふたりだが、ここ一年ほどの間にドムからの愛撫も増え、そういえば最近はよく「あなたのお尻ってマシュマロみたい」とか「すべすべして赤ちゃんみたいなお尻」とか言いながら撫でられていたのを思い出した。なんらかの布石はあったわけだ。
「まあでも、いきなり後ろで感じるとか無理だろうし、ドムもすぐに飽きるかな」
ひとり淡々と作業のようにシャワ浣をすませたマックスは知らない。この日のためにドムが「アナルセックス 初めて イくには」「アナル 感じるには」などのキーワードを鬼のようにググって知識を積んでいたことを……。
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「ま、まって、あ、ああっ」
ドムの細くて長い美しい指が三本、マックスのアナルをかき混ぜている。ぐちょっぐちょっ、と恥ずかしくて聞いていられないような音を立てて、もう何十分と経つだろうか。はじめはローションをまとった指が一本入るだけでも抵抗感があったマックスのそこは、彼女の根気よさとカンのよさで徐々に性感帯となりつつあった。
「まだ、まだね、奥まで濡れてないから」
と言ってローションを足すドムは、真剣そのものの表情でマックスのアナルを片手で広げ、そこにもう片方の手に持ったボトルの先端を添える。ぶちゅ、と粘性の音がして、とぷとぷと注がれる液体は気を使ってか温感のものらしく、冷たさに震えることはなかったが、体温に近い液体がそんなところに押し込まれるとなんというかこう、粗相でもしている気持ちになっていたたまれない。
はやく終わってほしい、という思いと、いっそひと思いに犯してほしい、という思い。ドムの股ぐらでいきり立つまがい物のペニスは、マックスのものよりはちいさかったが色が卑猥すぎて目に毒だった。これが、これから僕の中に入るのか。と思うと、ぞっとするようなきゅんとするような、混乱した感情を抱いてしまう。
「マックス、後ろ感じそう? おちんちんも触るね?」
ちいさな子に話しかけるような口調で、ドムが後ろを慣らしながらマックスのペニスを扱き始める。「んあっ」と大きな声が漏れてしまうほど、身体に快感が走った。ちゅこっちゅこっ、と亀頭を責められ、ときおり尿道口をくじられ、さらには前立腺(調べたらね、ここが男の人の性感帯なんだって。とドムが興奮したように話していた)まで捏ねられ、下半身がどうにかなってしまいそうだった。
ぐりぐり、ちゅこちゅこ、器用に両手で責められ続け、とうとうマックスは「いきたいっ、も、い、いかせてっ」と叫んだ。ドムの手だけでは足りない、と自分の手をそろそろ竿に這わせ、しゅくしゅく扱いてしまう。それでも彼女は見逃してくれて、「おちんちんの気持ちよさに正直なあなたってかわいい」と微笑んだ。
「前は自分で出来るね、後ろ、気持ちよくなろうね」
つい、と股間にそびえ立つ疑似ペニスを指でなぞるドムは、いままで見たどの夜の彼女よりも妖しくいやらしく、そして美しかった。「脚、開いて」と言われるがままにマックスは自らの脚を広げる。恥ずかしい格好をしているのも気にならなかった。どっどっど、と心臓がはやって、下腹の奥はきゅんきゅんと彼女のペニスを待ち望んでいた。
ドムのペニスがマックスのアナルにぴたりと照準を合わせ、ついにぬぬぬ、と侵入する。指よりも太いものが胎内に入る感覚は慣れず、思わず腰を引きそうになるが、彼女の「大丈夫、マックス、信じて。きっと気持ちいいから、がんばって」と言う台詞に引き留められる。大丈夫、ドムが言うなら、気持ちよくなれる……。それが暗示になったのか、ほんとうだからなのか、ものがすべておさまると、マックスの中は心地よさにきゅんと彼女のペニスを食んだ。
「手、とまってる。動かして」
ドムに言われて、自分のものを扱く手をまた動かし始める。彼女もとつとつとすこしずつ、しだいに力強く腰を動かした。前立腺に先端があたるたび、マックスは「あん」とか「ひゃん」とか鳴いて、それにドムはなんとも言えない気持ちになる。もっと鳴かせたい、もっと可愛がりたい。どちゅっ、どちゅっ。寝室に響き渡る水音と、ふたりの荒い呼吸。ハーネスが腰や太腿に食い込むのも構わず、ドムはマックスを愛するのに夢中になった。
「まっくす、ね、きもいいい?」
「いいっ、どむぅ、きもちいぃ♡♡」
舌っ足らずに答えるマックスに、たまらずドムはキスをした。彼も手をとめて唇に応える。ちゅ、ちゅく、と舌を絡めてするキスはいつもと変わらないのに、後ろを愛されながら上顎や歯列をなぞられると尾てい骨のあたりからぞわぞわとした感覚が駆け上がってくる。甘美な快感が身体の奥からじわじわとあふれて、涙というかたちでこぼれてしまった。
「ねえ、これ透けるからマックスの中まで見えるよ。広がって、真っ赤で、すごくかわいい」
「やだ、やだ、いわないで、」
「恥ずかしいの? じゃあ気持ちいいことに集中しようね」
「うん、うん♡」
「ね、も……っと気持ちよくなろうね」
ドムはマックスを四つん這いにさせると、ハーネスを締めなおしてふたたび挿入した。「マシュマロみたいなお尻」を堪能しながら愛したいと思ったのだ。すべすべの肌をさすり、とつとつ、とつんとつん、と様子を見ながらゆっくり出し入れを繰り返していると、マックスは焦れてしまったのか、ねだるようにドムの疑似ペニスに腰を押しつけてきた。振り返って涙目で懇願する彼。
「も、いいよぉ、どむ、はげしくして……」
それで、かわいさが爆発した。気づくとドムはマックスを盛りのついた獣のように抱いていた。ばつん! ばつん! 尻たぶに股間をぶつけ、胎内のいいところを大胆に突く。奇しくもそれは、マックスが辛抱たまらずドムを激しく抱くときの様子に似ていた。彼がドムの子宮口を突くときみたいに、彼女はマックスの結腸まで先端をねじ込んだ。途端、彼の身体がきゅうう、と感じ入ってこわばる。マックスは後ろの刺激だけで射精していた。勢いのない、とろとろ精液が漏れるような射精だった。
「メスイキしたんだあ!」
ぱっとドムの顔が赤らんで、嬉しさにぐるりとマックスの身体を捻って抱きしめる。ペニスが抜けた刺激と、身体中が性感帯のようになっているところへいきなり抱きつかれた衝撃で、彼はぴゅく、と透明な潮を吹いてしまう。それにも感激した様子のドムは、「はじめてで潮まで吹いちゃったの、かわいい」とトドメを刺した。
マックスはもう色々と限界だった。おもに羞恥心が。それでとうとう、「かわいくないぃ、ぐす、もうしないぃ」と子どものようにぐずぐず泣き出してしまった。「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃったね」とドムが謝るも、メスイキの余韻で感傷的になってしまったマックスは、「もうしない」とごねて、機嫌を治すのに一晩中かかったのだった。
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けれど、その夜を経て何日かあと。そわそわとして落ち着かないマックスが、ドムに「このあいだのあれ、嘘だから。君がしたいなら、してもいいから」と耳打ちしたのは、蛇足である。