「死んだ?」
間の抜けた声。
たまたまつけていたテレビのニュースに好きな男が出ていた。死亡者として。そんな経験があったら教えてほしい。いったいどういう反応をすればいい? 泣けばいい? 笑えばいい? それとも、「あんた最後に会ったときすごく元気そうだったじゃん」とか言えばいい?
実際、最後に見たウェストリーは元気そうだった。
それなりの山を扱う仕事が入ったから、次に会うときはディナーに格上げしてやってもいいぜ。なんなら正装でしか入れない店がいい。JD、お前スーツなんか持ってるのか。なんて、ファストフードの紙袋からガサガサとナゲットを探っていた。おれは犬みたいにポテトを咥えながら、今夜この人のちんこしゃぶれるかなとか考えてた。おれはウェストリーに恋みたいなものをしていた。
「あんたのこと、好きだよ」
いつかそう言ったら、彼は「なんか言ったか?」と聞き返してきた。小声だったから、聞こえなかったのかも。けれど、思い返せばあのときのおれはもう一度同じ台詞を言えるほどの勇気なんか持ってなかったし、きっと彼もまた聞き逃しただろうから──ずるい大人。わざと聞こえなかったフリをしたのだ。いまなら分かる。おれの気持ちに気づいてたなら、何かかたちを決めておいてほしかった。恋人とか、愛人とか、セフレとか。どれでもいい。それがあったら、いまおれはこんな空っぽの気持ちを抱えずにすむのに。
「頭部を、せつだんされたいたい……」
ニュースはとっくに別の話題に切り替わっていたけれど、さっきニュースキャスターの女が読み上げていた言葉がずっと頭の中でぐるぐるしていた。せつだんってなんだっけ。うまく単語をイメージに変換できない。いたいって、なに。脳内が警告を発している。想像するな。お前が最後に見たウェストリーの顔を思い出せ。彼は笑ってたっけ。そう、笑ってた。いつもみたいに、ちょっと苦笑するような癖のある笑顔。
立っているのがつらくて、モーテルのおんぼろベッドに腰掛ける。心臓がバクバクしてて、息を吸ったり吐いたりするのも意識しないと上手にできない。変な汗が出てきた。おれ、このまま死ぬのかな。
──馬鹿、しっかり息しろ。
いつかの夜、ウェストリーに言われた台詞を思い出す。はじめて男に抱かれるってので緊張して過呼吸になったときのことだ。JD、しっかり息を吐くんだ、吐ききったらゆっくり吸う。簡単だろ。なに緊張してんだ。俺のことは抱く気満々だったくせに、逆となったらビビっちまったか。なんて、なんでいま。
でも、おれはあのとき彼がアドバイスしてくれたとおりに息を吐いたり吸ったりして平静を取り戻しつつあった。腰掛けたまま、ベッドに倒れ込む。ばふ、とほこりの舞うきらきらとした室内のひかり。朝日は誰にでも差し込み、じんわりとあたたかい。目頭が熱くなって、自分が泣きそうになっているのを悟った。泣きたくなかった。涙なんか流したら、あの人がほんとうに居なくなったことを実感しそうで。
──いい子だな、そう。お前やればできるじゃないか、JD。
あの夜、散々手間をかけてようやくウェストリーのものを後ろで飲み込めたとき、彼はおれの頭をやさしく撫でて、馬鹿にしてるのかと思うほど褒めてくれた。いい子だ、痛くないか、よくできたな、気持ちいいよ。そんな、記憶の中に残った言葉しかもうおれの手元にはない。
いつか、あの人の笑顔とか、言葉とか、セックスのときに触れた肌の感触とか、そういう記憶は薄れていくのだろうか。嫌だなあ。ああ、ウェストリーのテンガロンハット、おれのとすり替えて持ち帰っちゃえばよかった。でも、気づくだろうな。あの人、高級志向なとこあるから生地とか全然違ったし。
ウェストリーの仕事のことはよく分からなかったけれど、麻薬ブローカーってのは、おれがその日暮らしに女を騙すのよりずっと危険なのはなんとなく想像がついた。だから、彼と別れるときは必ずこっちからキスを仕掛けた。場所がどこであろうと関係ない。願掛けみたいのと、どうにかおれのことを印象付けてから帰したかったのだ。
一度、ホテルの廊下でエレベーターを待つタイミングでキスしようとしたら、ちょうど扉が開いて人の目に触れそうになったことがあった。そのとき、彼はとっさにテンガロンハットでおれたちの口元を隠した。おれは隠されたのにちょっとむかついたけれど、キス自体は拒否されなかったんだよな。ああ、あのとき顔に触れたテンガロンハット。あのつばの触り心地も、いつか忘れるんだろうな。
ぽろり、こらえていた涙が一筋、こめかみを伝って髪に流れた。
「あーあ、あの人、死んじゃったんだ」
ちゃんと言葉に出してみると、一気に意識が現実に向いてきた。
まだ朝食をとっていなかったせいで、腹が減ってきたのを感じる。好きな男が死んでも腹は減るんだなあ、なんて思いながら、ウェストリーの言っていた正装でしか入れない店ってどんなところなんだろうと思いを馳せた。