「お前さあ、俺が死んでも後追いとかすんなよ」
酔っ払って呂律も回っていない会話をしていたはずなのに、何故かその台詞だけはっきりとした口調だったのを覚えている。たしか、ヒッピーどもに家を襲われた事件の後。「クリフの快気祝いだ!」と、リックの家でしこたま酒を飲んだ夜のことだ。思えば、リックはあのときからクリフの性質をよくわかっていたのだろう。クリフは、リックのスタントダブルだった。彼の人生すべてにおいてもスタントダブルでいられたらよかったのに、リックは女と結婚してしまい、クリフは彼の人生から追い出されつつあった。
しかし、ヒッピー事件がすべてを変えた。刺された脚はなんともなかったが、リックが気にして面倒を見ると言ってくれたので甘えることにした。そして、甘えているだけでは申し訳なかったので、手慰みに脚本なんぞ書いてみたのが当たった。キャリアを俳優から俳優兼映画監督へと移したリックは、クリフの書いた本を気に入ってあらゆるツテへ持ち込んでくれた。ありがたいことに、三部作の大ヒットにまでなった映画は、ふたりの新たなロデオの再開となったのだった。
──あの頃はよかった。
──いや、あの頃も、よかった。
リックとフランチェスカとクリフ。
最初は事件の夜のことでクリフのことを不審に思っていたフランチェスカも、女特有のカンなのか、クリフがわかりやすかったのか、すべてが腑に落ちたように言ったものだ。 「あんたって、損な役回りなのね」
ほんとうにそう思う。だが、そのおかげでリックのそばにいられるのであれば安いものだ。きっとリックは一生気づかなかっただろう。恋とも呼べない友情の延長線上にある感情は、生きているかぎりずっとクリフを甘く苦しめた。死にかけているいまだって、きゅうと心臓を締めつけクリフの肉体を痛めつけていた。いや、心臓発作の症状そっくりだと思っていたが、実際になってみると全然違ったな。
自分があんがい冷静に対処していることを認識して、もうこのまま床に倒れてなるようになれと運命に任せてもいいんじゃないかと考える。苦しいし、痛いし、だいたい俺はもう御年百を越えてるんだぞ。まあよく生きたほうじゃないか。そろそろ諦めたっていいだろう。しかし、そこでリックの声が聞こえるのだ。
「お前さあ、俺が死んでも後追いとかすんなよ」
先月、リックが死んだ。九十で眠るように逝ったという。
大往生じゃないか。いいな、俺もそっちに行きたいよ。でも、あんたの言葉がまだ俺をここに縛りつけているんだ。だって、あんたは泣き虫だからな。俺が葬式の夜に頭を撃ち抜きでもしたら、「馬鹿野郎なに考えてるんだ! そんなところまでスタントダブルでいるんじゃねえ!」とかなんとか喚いて絶交でも突きつけるんだろう。かわいいじゃねえか。でも、まあ、絶交は嫌だな。だからまあ、もうすこし生きてみるか。そうやって、寿命を薄く伸ばすみたいにじわじわ今日まで来た。
──だから、なあ、もういいだろう。
応えのないのをいいことに、クリフは身体の力を抜いた。あらがう力は残っていなかった。胸を抑える格好で自宅の床に倒れている彼を発見したのは、近所の住人だった。発作で苦しんだろうに、そのわりに安らかな顔をしていたと、警察に語った。
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「ふざけんなよ、お前は三百まで生きるんだからな!」
「おいおいボス、それはさすがに吸血鬼ってもんだ」
ふわふわした足元を蹴飛ばしながら、リックはまた同じことを死神とやらに訴えている。曰く、「クリフ・ブースは三百まで生きるからすぐに現世へ戻せ」とか。まったく俺のボスは無茶ばっかり言いやがる。そこがたまらなく好きだ。
「そんなに生きる人間はいまのところいない、却下だ」
そして、これまた同じ返答をする死神こと、ジョー・ブラックとかいう男。嘘か真か、あの世っていうものはあったし、死神っていうものも存在するらしい。なにせいま見てるし。
「そもそも、そいつはお前の死よりずっと前に死ぬはずだったんだ。ヒッピーに腹を刺されて死ぬはずが脚ですんだし、トレーラーハウスの老朽化で潰されて死ぬはずが同居になったから生き延びたし、映画のセットが崩れても自動車事故に遭っても災害も何もかもぜんぶフラグをへし折ってきたんだ。おかしい。おかげで迎えに行っても手ぶらで帰ること百八回。リック・ダルトン、お前への愛のせいだぞ。交通費を返せ」
まばたきひとつせず真顔で言い放つジョーに、さんざん喚いていたリックが黙った。にやにやしていたクリフも表情を固めて黙った。何十年と秘めていたことを明らかにされ、ふたりともこめかみまで赤くなりながら顔を見合わせた。どちらかが何かを言うのを待っていたが、じれたジョーが「両思いというやつだな」とのたまったので、リックは羞恥を爆発させ、クリフは地面にしゃがみこんで腹が捩れるほど笑った。