普段は内陸に住んでいる者にとって、海の幸はちょっとしたごちそうだ。つやつやに輝く牡蠣が並んだオイスターバーのテーブル。ほんのり甘い香りのただよう白ワイン。きらきらの装飾で彩られた店内は華やかで、ランドールはすこし居心地のわるさを感じていた。
「さあ食べて。おすすめの店なんだ」
向かいに座ったブリーは、華やかな店内に負けず劣らず華のある男性で、目下のところランドールの不倫相手であった。いや、これはお互い割り切った大人の関係……彼だって「楽しめたらそれでいい。博士だってそうでしょう?」と言っていたし。けれど、ランドールは妻を裏切ってしまった罪悪感と、それでも彼に惹かれる自分というものにぎりぎり引き絞られている気がする。
「あ、の……牡蠣って食べ慣れなくて。どうやって食べたらいい?」
「そんなの、自由だよ! 俺はシンプルにレモンを絞ってタバスコかけるかな」
「ぜ、全然味の想像がつかない」
じゃあ、試してみないとね。と言うブリーが、牡蠣を一つ取って、手づからレモンを絞りタバスコを何滴か振りかけて──「はい、あーん」と口元に寄こしてきた。ここは外で、誰かが見ているかもしれなくて。そうでなくても若い子みたいにはしたなく食いつくなんて恥ずかしくて。
なのに、「君が食べるまでずっとこのままだよ?」とでも言わんばかりのいじわるい眼差しをしたブリーには敵わず、貝殻のへりに気をつけてちいさなフォークでさっと口に放り込む。レモンの香り、タバスコの酸味と辛味、そして、ぷりぷりの牡蠣の身を噛んだら広がる海のミルクの芳醇な風味。
「おいしい……」
じっくりと噛み締めたあと、思わず口に出して言ってしまった。それを聞いたブリーの満足そうな顔。おすすめの店を気に入ってもらえた満足感だけでなく、可愛らしい人のしあわせそうな姿を見られた満足感があった。はじめは遊びのつもりだったのに、ランドールという人は新雪を汚すときのようないけない充足感を満たしてくれるから、自分でも驚くほど執着してしまう。
──不思議な人だ。
気に入ったのか、次の牡蠣に手を伸ばすランドール。今度はカクテルソースを試してみるらしい。「ワサビを添えるのもおすすめ」と言えば、素直にそれもつけてぱくりと食べている。じゅわじゅわと貝の身を噛んで美味しそうな顔をしている彼の方がずっと美味しそうだ。
と、頼んであったオイスターシューターが来る。小ぶりな牡蠣をトマトジュースで割ったウォッカと一緒にショットグラスに入れた一品だ。この店では上にバジルソースが乗っていて、ブリーはその組み合わせが好きだった。一口でいただこうとグラスを持ったとき、ふと顔を上げると、ランドールが興味津々といった面持ちでこちらを見ている。
「物欲しそうな目をしてるね」
「あ、ちが……すまない。見たことのない料理だったから」
「じゃあ、君の初体験のために譲ってあげる」
グラスをランドールに渡そうとすると、いや、そんな、と遠慮されてしまう。ああ、いっそ口移しで飲み込ませてやりたい。いや、それはさすがにやりすぎか。あまりいじめては逃げられてしまうので、ブリーはほどほどにして「じゃあ、同じものを頼もうか」と提案した。ランドールはそれに「ありがとう」とほっとして喜び、油断した顔を見せている。
──いいさ、そのうち物足りなさを感じるように誘えばいい。
ずるい策略を巡らしながら、ブリーはショットグラスの中身を一息で飲み込んだ。こんなふうに、彼のすべても丸呑みできたらいいのに、と思いながら。