メテオライト

──ダイヤモンドは好きじゃないと思って。

 そう言って、ロイがそっと開けたちいさなケースのなかには、銀色にきらめく石のついた指輪がすましていた。引っかき傷のような模様の入ったそれは、鉄のかたまりみたいに重厚な雰囲気を醸し出していて、それなのに、カットと加工をされた表面はガラス細工のように軽やかなひかりをきらきらと反射していて、不思議な見た目だった。

「これ、ダニーなら知っている地名だと思うけれど、南アフリカのギベオンという砂漠地帯で発見された隕石なんだ。ほとんど鉄とニッケルで構成された石で、この網目模様はウィドマンシュテッテン構造という、ニッケルが結晶化して分離した表面を酸でエッジングすると出来る。ほら、持ってみると見た目より重い気がするだろう。ちょっと非科学的な話なんだけれど、地球の引力によって落下してきた石だから、重力に影響を受けやすいのかも、なんて言われているんだ。面白いよね」

 指輪にはまった石より、ずっときらきらした眼差しで喋るロイ。めずらしく興奮気味に説明してくれる話の半分くらいは、科学の素養がないダニーにはいまいち理解出来なかったけれど、楽しそうな様子を眺めていると胸があたたかくなる。かわいいやつ。自分よりずっと年上のはずなのに、まるで子どもが庭で貴重なものを見つけてきた報告でもするみたいな、おさない印象を受けてしまう。こういうところが庇護欲をそそるから、どうにも世話を焼いてしまうのだ。

「それで、もっと面白いのは、ニッケルが結晶化するには、何百度もの温度と十万ほどの気圧が必要なんだけれど、これはもう、惑星の中心部のような環境といえる。そういう環境下では、温度は百万年かかっても数度しか下がらないんだ。つまり、僕が言いたいのは、」

 さっきまで饒舌だったロイが、急に言葉を詰まらせる。言いたいことを上手く表現出来なくて、もどかしそうな様子だった。ベルベットのケースに入った指輪なんて、単純な連想をすれば答えはひとつしかないだろうに。

「もしかして、プロポーズだったりして」

 あッ、とロイが驚いた顔をする。どうして分かったの、という顔。普段あまり表情を変えないロイの感情の発露は、他人からするとほんとうに些細なもので、付き合いの長い人間でなければ、ちょっと目を見開いたくらいにしか見えなかっただろう。つまり、ダニーは察してしまった。まさかな、と冗談めいた調子で口にした台詞が、事実だったということを。

「すごい、ダニーは僕の言いたいことを何でも知っている」
「いや、違う、っていうか、マジか」

 うろたえるダニーの左手をとって、ロイがその薬指に指輪をはめる。サイズはあつらえたようにぴったりだった。指のサイズなんて自分でも知らないものを、いつの間に測ったんだ。逃避しそうな思考を捕まえて、はまった指輪とロイの顔を交互に見る。彼は「やっぱり似合う」と零してから、ダニーの両目にしっかりと視線を合わせて、はにかみながら言った。

「ダニー、僕と結婚してくれたら嬉しい」
 大気圏の向こうみたいに青く澄んだ瞳が静かに見つめてくる。

 ダニーはしばらく言葉を失って黙っていた。何と返したらいいのか分からなかった。こんな自分と結婚だなんて。酔った余興だとしても笑えない。けれど、ロイは酔ってなんかいなかったし、降り注ぐ眼差しは、優しくて真面目だった。返事を待つ彼の辛抱強さは、よく知っている。任務で何ヶ月も孤独な旅路につく男というのは、しびれを切らして答えを焦る真似なんかしないのだ。

 どのくらい沈黙していたのだろう。

 ロイの手にあるダニーの左手、薬指。隕石でつくられたというその指輪の表面が、きらりとひかりを反射して、ダニーの目に突き刺さった。眩しさに瞼を閉じることも忘れて、まともにひかりを受け止めてしまう。じん、と頭の奥が甘い痛みを訴えるせいで、肉体は誤作動を起こした。そうでなければ、どうして自分はこのタイミングで涙を流しているんだ。

「馬鹿じゃねえの、こんなおれと、死が二人を別つまでとか誓うのかよ」
「誓うよ。ねえ、ダニー。僕は、人間の寿命なんか足元にも及ばない遥かな時間が経ったとしても、この気持ちが一度だって冷める気はしないんだ」

 それが馬鹿だって言うんだよ。と、ダニーはロイの言葉を一蹴したかった。これまでの人生で、自分にそんな価値があると感じたことはなかった。それなのに、気持ちが冷める気はしないだなんて──。

「分かった。そのプロポーズ、受けた」
 覚悟だとか諦めだとかをつけたわけじゃなかった。「僕と結婚してくれたら嬉しい」という言葉に、応えてしまってもいいかもしれないとゆだねる気になったのだ。それに、お前が嬉しいなら、おれも嬉しいから。口には出さなかったけれど、しあわせでしょうがないといった表情のロイを見たら、いいのかもしれないと思った。

 ダニーは、まだ実感の湧かないしあわせという気持ちを持て余して、ロイの手から自分の手を離そうとした。なのに、どうしてか動かせない。「地球の引力によって落下してきた石だから、重力に影響を受けやすいのかも」という話の通り、左手の薬指にはまった石の重さのせいかもしれない。それか、おれも隕石みたいに、こいつの引力に逆らえないのかも。

 柄にもなくロマンチックなことを考えてしまい、思わず苦笑する。窓からやわらかく差し込む陽のひかりが、祝福でもするかのように、二人の頭へとベールをかぶせていた。