バターと砂糖とはちみつと。ココア、シナモン、ジンジャーパウダー。スパイスの匂いがふんわりただよってくるキッチンに入ると、マックスがまた何か菓子を作っているらしい。彼は娘がいるせいかもともとの性分か、甘いものが好きだ。自分で作るくらいだから相当なもの。
反対に、ドンは甘味はあまり得意ではない。繊細な砂糖菓子より、大味のバーベキュー料理みたいなものが舌に合う。好きで嗜むものといえばコーヒーくらい。食の好みに頓着がないのだ。
そんなドンだから、マックスの菓子作りの趣味は眺めることしかしない。積極的に味見をするのは菓子の好きなビリーや若い連中、あとは同じく菓子作りの趣味を持つジェリー。小腹が空いたので立ち寄ったキッチンだったが、甘い匂いでもう腹いっぱいだ。
「今度は何を作ってるんだ」
「ジンジャーブレッドクッキー。クリスマスが近いだろう、季節ものだよ」
名前くらいは聞いたことがある。ジンジャーブレッドマンとかいうまるっこい頭に簡素な手足のついたキャラクターが思い浮かぶ。見れば、想像したものとそっくりの型抜きがテーブルにあった。元気いっぱい手足を広げたその形は、雪の上に寝転がって手足をばたばたさせる子どもみたいだった。自分に子どもがいたことはないが、ドンはなんとなくマックスの娘が大きくなったらそんなことをしそうだと思った。
ふと、クッキーの生地が二種類あることに気づく。ココアパウダーのブラウンがつやつやと光るかたまりに見た目の違いはない。ドンが不思議そうに眺めていると、マックスは「みんなに配るあまーいやつと、君用にスパイス多めのやつ」と教えてくれた。
「あ、君用っていうか、あんまり甘いもの得意じゃない人もいるだろう? お酒の方がいいとか言って。でも、無病息災を願うとか言うじゃないか。イギリスではそうだったし、だから、その、みんな食べられるようにって……」
べつに責めているわけでもないのに言い訳がましく説明するマックスは愛おしい。優しいのだ、彼は。ビリーがアイシング前のレモンケーキをつまみ食いしてしまっても、若い連中がパイ生地から作った手間のかかるアップルパイを一口で食べてしまっても、ドンが生クリームは苦手だとショートケーキを断っても。全部ぜんぶ許してしまう。
「アイシング掛けた方が美味しいのに」
「そんなに美味しい? 嬉しいな」
「そうだったの。じゃあ、クリームを使わないケーキを調べてみようかな」
そんな調子だから、ドンは呆れるほどマックスのことを好きだと思うのだ。彼の優しさは砂糖の甘さ。自分には似合わない。眩しいものを見るような目で眺めるだけでよかった。だというのに、マックスはその無償とも言える優しさを真っ先にドンへ降り注いでくれる。
──自惚れてもいいだろうか。
まだ何か喋りながらクッキーの型抜きをしている彼の肘をそっとつまんで、ふ、とこちらを向いたマックスの額に口づけてしまう。みんなとやらの無病息災を願う彼のことは、誰が守るのだろうか。ジンジャーブレッドマンなんかに任せておけない。なにせ、マックスは優しすぎてクッキーにさえ愛情の一欠片ずつを砕いて入れてしまうのだから。
「あんたの無病息災を願って」
ふ、と笑って、はらりと落ちた前髪の一部を耳にかけてやれば、そこは真っ赤に染まっていて。「き、き、君、きみ……もう、そんな……かっこいいこと……」と呟いて手の止まってしまったマックスは、このあと生地をもう一度冷やさないといけないくらい固まって、火照って、しまいにはとろけるような表情で「ありがとう」と笑みをこぼすのだった。