きらきらひかってきれいなもの、星と瞳とダイヤモンド。
馬鹿みたいに稚拙なフレーズが頭に浮かんで、ダニーは顔をしかめた。らしくないことを考えたものだ。それというのも、目の前にいるロイのせいだ。真夜中のビーチに寝そべる人間はダニーとロイしかいなくて、観光地から離れた砂地は暗くひんやりとしている。おかげでロイの好きな星がよく見えるし、好きなものを目の前にした彼の瞳は月光の反射だけではないかがやきを放っていてきれいだった。
一つひとつ星座の名前をあげて、あれはアルタイルだのベガだの、地上からの距離だの時間だのをとつとつと話す表情はやわらかく、睦言でも囁かれているような心地になる。たぶん、声がおだやかで、聞いていると落ち着くから。でなきゃ、専門外の話にいちいち耳を傾けちゃいない。ダニーが名前を知っている星はひとつしかなかった。ロマンチックな理由じゃなく、夜戦で方角を知るのに必要だから覚えたやつだ。それで、ついなんの気なしで話に入ってしまった。
「あれがポラリスだろ。北極星。北を確かめるのに覚えさせられたんだ。あれ、あの……くそ、指差しても分かんねえか」
「いや、分かるよ」
ロイの生白い指先が、天に伸ばしたダニーの日焼けした指に重なって、ひとつの輝星を指す。ポラリス。こぐま座でもっとも明るいα星、天の北極にいちばん近い星。どっちを向いても同じような景色の戦場で北に進みたいときは、夜空に浮かぶあの星を目印にするのがセオリーだった。けれど、ロイはふふ、とちいさく笑い声を立ててダニーの指をそっと掴んだ。そのまま、すすすと短く線を引くように真向かいの星へと導く。
「たしかに、北の方角を知りたかったらポラリスが目印になる。でも、紀元前一万二千年において、北の目印はこっちのベガだったんだ。実はね、ダニー。天の北極というのは何千年もの時間をかけて、とてもゆるやかに回り動いているんだ。それにともなって、北極星の役割をつとめる星も交代する。いまはポラリスだけれど、西暦一万年あたりには、はくちょう座のα星が北極星を名乗るんだ。さっき夏の大三角形の話をしたよね、あれに出てきたデネブがそう。さらに何千年と年月を経たら、またベガに回帰する」
ロイは地球の自転における歳差運動があるからだのなんだの話し続けていたけれど、ダニーにはよく分からなかったので音だけ拾って聴くことにした。宇宙空間が壮大であるように、そこに流れる時間もまた壮大なものであるらしい。ふいに、自分の生きてきた歳月を思い返した。気の遠くなるほど長い時間をかけて動く星々と違って、ダニーの人生は生き急ぐように駆け足だった。隣に並んだロイは、自分よりずっと年上のはずなのに、ときおり幼い顔を覗かせることがあって。まるで、星と同じように、とてもゆるやかな時間が流れているんじゃないかと考えてしまう。
それは、ある意味おそろしい考えだった。星と人間の寿命は違う。デネブが北極星になる頃には、ロイもダニーもこの世にいないだろう。あたりまえだ、何千年も後の話なんだから。けれど、この先十年、二十年後の話ならどうだ。五十年、六十年と経ったら、いくら平均寿命が延びたとしても、ロイの方が先に──クソ。
ダニーは舌打ちしそうになって、慌てて舌先を噛んだ。また馬鹿みたいなことを頭に浮かべている。「そのとき」なんてのは予測できない。明日にも自分の方が先に交通事故でくたばるかもしれないのに。やっぱり、目の前にいるロイのせいだ。ダニーの駆け足だった人生は、彼に出会ったとき一時停止してしまった。なにもかも捨てて身軽に動けた日々とは違う。重荷と呼ぶには愛おしすぎる存在を抱えたいま、そこからどう動き出せばいいのか二の足を踏んでいる。と、ロイが眉を下げた表情でこちらの顔を覗き込んでいた。
「すまない、また置いてきぼりにしてしまった」
それは、会話のことを言っていたのに、もっと違うなにかから置いていかれたような気持ちにさせられて。ダニーは、ガラにもないセンチメンタルな感情に溺れて窒息しそうだと思った。こちらを覗き込む澄んだ青い瞳が揺れている。なにか応えないと、不安にさせてしまう。なんでもないと笑い飛ばして、それで──。
「ダニー」
びっくりするくらい近くにロイの顔があった。彼はいつものつとめて平静な表情をすこしゆるませて微笑むと、「どうしてかな、君がなにかをおそれているのは分かるのに、はじめて僕の前でその表情を見せてくれたことが嬉しい」と言った。途端にこわばっていたこころから力が抜けた。勢いよく上体を起こして、ダニーは急に立ち上がった。
「さみい。続きは帰ったらな」
ぶっきらぼうに言い残して、さっさと歩き出してしまう。すぐさまロイも立ち上がって、砂も払わずついてきた。後ろから早足で追いついた彼は、ダニーのそばまで来ると歩調をゆるめて隣に並んだ。すると、ダニーが足を速める。ロイが歩幅を大きくとって追いかけ、また並ぶ。ふたりはまるでなにかのゲームみたいに、しばらく追い越し追いつきながら歩いて、最後にはぴったりと足を揃えて家路についた。