Gives You Heaven

──終わった。
 と、いう表情のローリーと目が合った。
 昼食にと呼びに来て目撃したのは、僕のシャツに鼻をうずめるローリーの姿。彼は固まっていた。見られてまずいものを見られたときの反応。

「ちッ違うんです! タバコ臭いかなって、クリーニング! 持って行ったほうがいいかなって……か、かくにんを……」
 慌ててつんのめるよう口にした言い訳は、あとから思えばまったく言い訳になっていなかった。パニックを起こしたローリーは、恥ずかしくて頬をかっと赤らめてあたふたしている。僕は、焦って墓穴を掘りまくる同居人の姿がかわいくて、ちょっといじわるいことを言ってしまった。

「ローリーは、匂いフェチなんだね」
 だから、違って、クリーニング、出すから……、などと言葉を重ねて誤解を解こうと必死なローリー。その声が次第にちいさく力ないものになっていき、しまいには喉の奥で「きゅう」と唸るような断末魔の相を成してしまったので、僕は付け足すように「ごめんごめん」と謝った。

 これがジョーだったら、容赦なく罵声が飛ぶんだろうな。と、自分の立場を利用してしまったことをすこしだけ反省した。ローリーは、僕に対してとても遠慮がちなのだ。昨夜のベッドでも、やたらシャツを汚すことをためらっていたから、きっと綺麗になったか心配だったのだろう。気にしなくていいのに。
 けれど、何度言っても、たぶんローリーはやめない。いつも何処かで線引されている感じがある。いわゆる「普通の人」と「そうでないもの」みたいな。それを飛び越え、いつまでも怖気づいている彼の手を引いて「ほら、こっちに来ても大丈夫だっただろう?」と安心させてあげたいのに。

──なんて、ね。ほんとは、僕だってもう「そうでないもの」なんだけど。

 死神のうつわに選ばれた人間というのは「普通の人」ではないと思う。でも、ローリーにとって僕という存在は「普通の人の側」なのかもしれない。普通の家庭に生まれて、普通に育って、普通の職に就いて。もし、ジョーに選ばれなかったら、普通の恋愛をして、結婚をして、子どもだっていたかもしれない。それは、ローリーと出会ってからのことを思えばちょっとした恐怖だった。僕は彼なしの人生を、もう想像できない。

「おいで、お昼にしよう」
 まだ僕のシャツを掴んだままの両手を引っ張り上げて、ローリーを立たせる。あんまり強く掴んでいたから、せっかく洗濯し終わったというのにシャツはぐちゃぐちゃになっていた。ぼす、と僕の胸に倒れ込んでくる彼を抱きしめて、こめかみのあたりに鼻先をうずめて匂いを嗅ぐ。午前中は家事をがんばっていたからか、空調のきいたアパートのなかにいたのにすこし汗の匂いがした。それと、柔軟剤のかすかなグリーンアロマ。ローリーは弱々しく抵抗していたけれど、わざと無視して抱擁を深めれば、観念したように力を抜いた。

──そう、こんなふうに諦めてしまえばいいのに。
──諦めて、しあわせになってしまえばいいのに。

 君の過去も、現在も、未来も、ぜんぶまとめて抱きしめてあげたい。もし、君が線引された何かにおびえてためらっているなら、こんなふうに両手を引っ張り上げて強引にでも連れ去ってしまいたい。もしくは、僕が「そっち側」に行ったっていい。きっと僕と君と、あの死神の彼と三人ならば、この世でもあの世でも何処へでも行ける。そうして、何処へ行っても僕らは君をしあわせにしようと奮闘するだろう。

「お昼、にするんじゃないんですか」
「んー、あともうすこし……」

 まるで甘えたな子どもみたいに、ぐりぐりとブロンドの髪へ鼻先を擦りつければ、ローリーはちいさく唸って身体を硬直させた。もっと過激なスキンシップだってしたことがあるのに、こんな軽い接触にいまだ緊張してしまうところがかわいい。耳元で「ローリー」とやさしく名前を呼ぶと、彼は大げさなくらいびくりと肩を震わせた。

「お昼を食べ終わったら、シャツをクリーニングに出す前にもう一回しようか」
「……ッえ、」

 大胆な誘い文句に、ローリーの顔がさらに赤くなる。
 プロに綺麗にしてもらうなら、遠慮はいらないよね。と、にこやかに囁やけば、彼は声にならない悲鳴を上げて固まってしまった。かわいいローリー。困らせるつもりじゃないのに、僕は最近、あの死神に似てきたのかもしれない。

 動かない額にひとつキスを落として、彼の手を引きランドリールームを出る。リビングに降り注ぐ午後の日差しのなか、僕は空腹をおぼえていたけれど、それが食欲からくるものなのかもっと違うものなのか。判断する前に、ローリーがくん、と僕の手を握ったまま立ち止まった。振り返ると、もう我慢できないと潤んだ青い瞳と目が合ったので、食事を後回しにして、ふたり寝室に進路を変えたのだった。