愛は毛布のように

 俺に抱かれるジェイは「いや」とか「やめて」とかいう台詞を口にしたことがない。「だって、同意の上での行為だろう」というのが彼の言い分。代わりに「すき」とか「もっと」とか貪欲に快感を求める台詞が多い。そこがいいんだよな、と思う。うわべだけの台詞なんかクソ食らえだ。本心からペニスを望み、本心からアナルを犯されることを望む。ジェイ・ギャツビーはタイラー・ダーデンとのセックスを心から望んでいる。

「考え事? 哲学者さん」
「まさか、あんたの中が気持ちよすぎて惚けてたのさ」

 ぐっぽりとペニスを飲み込んだ後ろがきゅうと締まった。わざとやっていやがる。ジェイはこういう、挑発的な行動もよくするのだ。結合部をよく見たくて彼の太腿をぐいっと押し広げてやると、そこは濃い桃色に充血してびっくりするくらい広がっていた。

 「君のは太いし硬いしすごく熱くて咥えにくい」とは、はじめてフェラチををされたときの感想。いいねえ、男のプライドをくすぐる言い方を心得ている。だから、そのときはジェイのちいさな口いっぱいに思いっきりペニスをねじ込んでやった。後で「顎が変になった」と言われても、最中はむしゃぶりつくようにイチモツを頬張っていたのは忘れられない。つまり、ぶっといやつを飲み込んだジェイはやばいほどそそるってことだ。

 ぬろ、と腰を引いてペニスを引き抜こうとすると、ジェイの可哀想なくらい広がったそこがきゅんと引き絞られる。だめ、逃さない、とでもいうようだ。面白くて、どれくらい腰を引いたら引きとめられるか、試しにゆっくりと動いてみる。ぬろ、ぬろろ。死んだクラゲの皮みたいなコンドームに包まれたペニスは、永遠かと思われるほど長い時間をかけて体内から脱出していく。くん、と先端が引っ掛かるところまで来て、やっとジェイが「タイラー」と俺の名前を呼んだ。

「やめてしまうの?」
「あー、どうしようか考えてる」
「だめ、だめ、まだ足りないんだ、お願い」

 正直は美徳だ。プリーズ、の一言を言えずに損をする奴は多い。ジェイは青い瞳を懇願の涙でうるうるとさせ、ほんのすこし弱ったテイでこちらの獣欲を煽りにかかってきた。男を誘い慣れた人間の仕草。わかってはいたけれど、ちょっと傷ついた。俺をあの野郎と一緒にしてもらっては困る。だから、「やめだ、興が削がれた」と言えば、ジェイは涙を引っ込めて絶句してしまった。

「どうして……」
「あんたの誘い方、ジャック・クソジジイ・コンラッドにするやつだろ。おれには通用しねえよ。ていうか、いまので萎えた。もーだめだ、俺は傷心のままちんこ抜いて寝る」
「やだあ、酷い、あの人はいま関係ないだろう? それに関係あってもそれでもいいって言ったの君じゃないか!」
「いやなんか、今日はもう気分じゃなくなったから」
「もう! 馬鹿、嘘つき、ヘタレ! いいよ、ジャックに電話する!」

 ベッドサイドの受話器を探り始めたジェイに焦る。いや、マジでやるからなこの人は。そしてジャック・クソ不倫野郎・コンラッドも、ジェイからのお誘いとあればホイホイやってくるだろう。銀幕の大スター、結婚と同時に離婚のカウントダウンを始める男、両手じゃ足りないほどバツのついた、ジェイの愛人。お前より俺のほうが先にジェイと出会って、キスもして、大事にしすぎて手を出せないでいたのに、横からかっさらいやがって。このことについては話し始めるとキリがないので割愛するが、ジェイを挟んだ俺とコンラッドの攻防はいまだに決着がついていない。まあ、攻防だと思ってるのは俺だけらしくて腹が立つけど。

 ほんとうに萎えてしまったペニスを引き抜くのも忘れて、彼がぱたぱたと動かす手をがしっと掴んでやめさせる。「なに」と睨みつけられても怖くない。そのまま両手をひとまとめに掴みなおして、ジェイと額がくっつくほど間近に迫って真正面から向かい合う。

「いま電話したら、あんたのことグッチャドロに犯す。犯しながらあの男にあんたの声を聞かせてやる。おれが、おれがあんたを抱いてる音を存分に聞かせてやる」

 まばたきひとつせずに一息で言った台詞は、まるで凶悪な強姦魔の犯行予告だった。なのに、いまだ俺の先端を咥えこんだ場所が、びくびくっとふるえた。はあ、と熱いため息が鼻の先にかかる。ジェイの目は揺れて、潤んで、零れ落ちそうなほど涙をたたえていた。

「やだぁ、こんな、こんなのでい、イッちゃったぁ……」

 はじめて聞いた、拒否の言葉。
 ジェイは、俺の脅迫めいた台詞に感じ入ってメスイキしてしまったらしい。もし挿入したままだったら、下腹の奥がきゅんきゅん俺のイチモツを締めつけていたことだろう。惜しいことをした。先端だけがもぐもぐと食まれる感触に、萎えていたブツは一気に硬く張り詰めた。一瞬だけペニスを抜き、迷わずコンドームを引っ剥がす。生で感じたい。自分勝手な欲望を押しつけることにためらいはなかった。

 どちゅ、と音がするほど勢いよくジェイに挿入しなおす。「きゃあ」とか「ひゃあ」とかいう悲鳴が聞こえてますます怒張は硬くなった。クイックアンドクイックの激しい動きで内臓を掻き回すように抜き差しを繰り返せば、さっきのメスイキで強張っていた胎内は、すぐに柔らかくうねる最高の名器となった。ばつん、ばつん。尻たぶに鼠径部がぶつかる音。先走りとローションでぐっちょぐちょになった結合部は、軟体動物の裏側みたいにぞっとするいやらしさがあった。

 掴んだままのジェイの両手がみしみしと音を立てている気がする。一突きペニスを奥にぶつけるたび、どうしても力がこもってしまうからだ。なのに、ジェイは痛いともやめてとも言わず、嬉しいというような恍惚とした顔をして、ちいさく喘ぐだけだった。半開きの唇から垂れたよだれを啜る。甘い。きっとジェイの喘ぎ声が甘いからだ、と思った。

 セックスをする関係になるまで、ずっと大事にしてきたはずなのに、一度してしまえばこんなふうに獣の交わりより下等で下劣な行為に貶めてしまうのが悔しかった。けれど、こんな行為でも許されてしまうのだと知ってしまったら、もうとめられなかった。子どもみたいなわがままでジェイを傷つけたくなんかないのに、ときどき、彼に対してどこまで暴走しても許されるか試してみたいという気持ちが頭をもたげる。相反する心は人間らしさの象徴だ。いや、言い訳だ。いや、これが俺の愛なのかも。

 あんまり考え込むと惨めになりそうで、俺は目の前の危うい快感に集中した。ジェイの中は熱くて狭くてどろどろに溶けてしまいそうなほど気持ちいい。生身で味わう胎内は、このまま混じり合って吸収されてしまったとしても構わないくらい心地よかった。ここに入りたかった、とペニスが歓喜していた。俺だって、できればジェイの中にまるごと入ってしまいたい。でもそれはできないから、代わりに身体の一部を必死で押し込んでいる。

「あ、」

 とジェイが首をそらして、ぶるぶるっと下腹の奥をふるわす。ぎゅう、とペニスを絞られ、俺も真冬に外で立ちションしたときみたいにぶるっと腹筋をふるわせて射精した。生の精液が、ジェイの腹の奥深くに注がれる。どくどく。その感触にもう一度身体をふるわせて、萎えたものをゆっくりと引き抜いた。結構奥に注いだと思ったのに、ペニスを引き抜くとすぐ、とろりと白い体液がこぼれ落ちた。それが悲しくて、指ですくって元に戻そうとするのに、ジェイの呼ぶ声が邪魔をする。

「たいら、て、はなして、おねがい」

 離したら逃げられるような気がして「やだ」と言ったら、ジェイは俺の考えてることがわかってたみたいに「にげないから」と微笑んだ。仕方なく束ねていた両手を離すと、手首に赤黒い痣が浮き出しはじめていて後悔した。なのに、ジェイはなんでもなかったかのように左手をそっと後ろにあてがうと、こぼれ落ちた精液をすくって、くちゅりと指を中に入れたのだ。まるで、俺がしたかったことをわかってて代わりにやってくれたような行動。

 嬉しかった。
 思わず「ジェイ!」と彼の名前を叫んで抱きついた。掻き出さないと後できついのはジェイの方なのに、ためらわず俺の精液を飲み込んでくれた。胸に顔をぐりぐり擦りつけて喜びを味わっていたら、空いた方の手で頭をわしわしと撫でられた。「手首、痛くねえの」と聞いたら、「痛い。でも、いまは君のこと撫でる方が大事」と返された。敵わねえなあ、と思った。

「ああ、どうして君のこと叱れないんだろう」
「そうだよ、叱れよ」
「だって君、泣いてしまうだろう」
「泣かねえよ、叱れよ」
「もう、泣きそうな子を叱れるわけないだろう」

 自分では気づかなかったけれど、ガキみたいに情けない顔をしていたらしい。こうしてまたジェイに許されてしまう。今日は手首ですんだけれど、次はどうなるかわからない。「どうして俺のこと甘やかすの」と聞いてみたら、ジェイはうっそりと目を細めて「愛おしいから」と答えた。

 俺の愛はときに臆病で、ときに凶暴で、彼を傷つけてしまうばっかりになりつつあるのに、ジェイの愛はいつだって安心できる毛布みたいにあたたかくて触り心地がいい。俺もあんたを包み込む安心材料になれたらいいのに。こんなことなら、セックスをする関係になる前のほうがずっとよかった。手を握ったり、鼻先をくっつけたり、キスをしたり。でも、その先を望んでしまった。べつにプラトニックな関係を神聖視するほど能天気じゃないから、いいけど。こんなに落ち着かない気持ちになるなら、一生キスどまりでいた方がよかったのかも。

「また考え事? 哲学者さん」
「俺、あんたと寝ない方がよかったかもって思ってる」
「そう? 僕は君と肌を合わせるの、好きだよ」

 あっけらかんと答えるジェイは、本心でそう言っていた。ちょっと持ち直したかも。だって、ジェイが望むなら、それは俺にとっても望むことだから。「人は愛するから傷つけるとも言えるし、傷つけたから愛せるとも言う」とはよく言ったものだ。

「だって、ね。僕だって君の気持ちを傷つけてばかりいる」

 言われてみれば、そうかもしれない。いや、そうだ。俺はジェイに傷つけられて、その傷がじくじくと痛むのを愛おしんでいる。なんだ、じゃあ、ジェイもそうなのかな。「そうだよ、この手首の痣だって、かわいい嫉妬の証なんだって思うと、見るたび微笑ましくなる」また見透かされたように答える。俺とジェイはどこかで思考回路が繋がっているのかもしれない。そう思ったら、ちょっとは慰められた。ざまーみろ、ジャック・いまここに居ない・コンラッド。今夜あんたの出る幕はない。

 機嫌のよくなった俺の頭を、ジェイはやさしく撫でつづけていた。まるで「お眠り、我が子よ」と子守唄でも歌ってるみたいなリズムだったから、俺はとろとろとした眠気が降りてきたのを感じ、それに抗えなくなってきた。彼の胸に抱かれるのは、やっぱり、安心できる毛布みたいに心地いい。

 まぶたが閉じる直前に「おやすみ、タイラー」と囁く声が聞こえたけれど、このしあわせな時間をまだ味わいたくて、ああ、眠りたくないなあ、と思った。