ダニーと出会ってから、生活のあちこちで彼を連想するものを発見するようになった。
たとえば、煙草のパッケージ、アフリカ産のグレープフルーツ。それから、ダイヤモンドに関するあれこれ。最近は、宇宙船が発射する瞬間に発生する「ショックダイヤモンド」という衝撃波に、彼の気配を感じて嬉しくなってしまった。これは、ノズルの噴出口から吹く炎のなかにダイヤモンドにも似たひし形のひかりが並んで見えることからそう呼ばれている。たんなる現象をあらわす記号にすぎなかった言葉が、どこか特別な存在感を持ちはじめたとき、僕はダニーに恋をしていると気づいた。
恋とはどんなものかしら、と歌ったオペラに「はじめてのことで分かりません」といった歌詞があるけれど、僕もいま、自分の抱いている感情に上手く対処できなくて疑問符だらけだった。それは、あたたかく、角のない丸みを帯びたかたちのような気がする。触るのもためらわれるほど柔らかい生き物で、持ち上げるとき注意しないと潰してしまいそうなくらいちいさい。実験用のマウスみたいだな、と思った。
「あんた、詩人だよな」
「そう?」
ダニーの優しい眼差しと目が合う。
久しぶりに会った彼は、焼けていた肌が落ち着いてしまったせいか、白くてすこし眩しい。騒がしいスポーツバーの片隅で、アメフト観戦をしながらアルコール飲料の瓶を掲げる人々とは対照的に、僕たちは立ったまま静かに会話を交わした。周りの歓声や罵声に負けないよう声を張るのではなく、ちいさなテーブルに肘をついたまま、肩が触れ合うくらい近づいて耳元に話しかける。
ほんとうは、もっと落ち着いた店のほうがいい気がしたけれど、待ち合わせ場所を決めるとき、ダニーが「静かじゃないところがいい」とテキストを送ってきたので、以前同僚と来たことのある店を選んだ。いまの気持ちを伝えるにはあまり適切でない場所だとは思ったけれど、こころの内に秘めておくには質量が大きすぎて扱いかねるので、僕は挨拶もそこそこに「生活のあちこちで君を連想してしまう」という話をしてしまった。
ダニーは最初、驚いた顔をして目をぱちくりさせていたかと思うと、ぷっと吹き出した。そして、さきほどの台詞。
「詩人だよ。たとえが実験用のネズミだか何だかに行き着くのはちょっと個性的だけどな。あんたらしくていい」
これは褒められているのだろうか。たぶんそうだと思う。ダニーはこうも言った。
「それで、何見てもおれを連想するようになって、どう思った?」
「僕は君に恋をしているのだと確信した」 「ワオ。随分とロマンチックな告白だな」
もちろん、皮肉だ。まったくロマンチックな告白ではなかった。彼はひとの言動を茶化すところがある。けれど、けして聞き流しはしない。その証拠に、いまだって僕が一通り伝えた言葉をじっくりと吟味している。ビール瓶についた水滴を指でなぞり落としながら、ダニーはしばらく黙って、スクリーンに大写しにされている試合の様子を眺めていた。
──答えをもらえるのだろうか。
──どんな答えだろうか。
──もしかしたら、迷惑だっただろうか。
現在の「友人よりすこし親密」という絶妙な距離感は心地いい。仕事や家族といった枠の付き合いと違って、上下関係や役割なんかをいったん横に置いて、等身大のロイ・マクブライドという人間を晒せる。物事を円滑に進めるための表情を作らなくていいし、本心を打ち明けられないことに罪悪感を覚えなくてもいい。そう、だから、ダニーとの関係はこのままでもよかったのではないだろうか。じわりと胸の内に暗雲が立ち込めてはじめて、僕はかなり浮かれていたのだと自覚した。
「なんて顔してんだよ」
困ったように眉を下げて、苦笑しながら見つめてくる青い瞳。宇宙から見たブルー・マーブルにも似た色が綺麗で、つい衝動のまま「好きだ」と口に出していた。すると、突然ダニーが意味を持たない唸り声のようなものを上げてしゃがみ込んでしまったので、僕も追いかけるように姿勢を低くした。細い一本脚のテーブルの下で、彼は目頭を押さえながら大きくため息を吐く。「……おれだって、同じだよ」とちいさく白状する声。
「おれだって、夜空を見ればあんたがいるかもって思ったり、やたらと宇宙だの何だのいう物が目に入るし、そのたびに顔がちらつくし、もうだめだなって。おれだって、あんたにまいっちまってるよ。クソ、曖昧にしときゃめんどくせえことになんねえのに、あんたストレートすぎ」
「つまり、君も僕と同じ気持ちを?」 「〜〜ッ、だからそういう……ああもう、そうだよ! わりいか!?」
なかばヤケを起こしてぶつけられた言葉なのに、僕はとても嬉しくて。「あの、大丈夫ですか?」と、しゃがんだまま立ち上がる様子のない僕たちを心配して声をかけてきた店員に「僕たち、両思いになったんです」と報告してしまった。