// at a Supermarket.
──キュウリ入りの生水が六ドル?
ダニーは手にとったペットボトルを棚に戻した。白く柔らかな照明は、水に浮かぶ緑色を鮮やかに見せていたし、たぶん裏書きの成分表だとかを見れば、たいそう身体にいいものが入っているのだろうけれど、いかんせん値段が高すぎた。それに、こんなちいさな飲み口からどうやってキュウリを取り出すのだろう。謎の商品と睨み合うこと三〇秒。ダニーは諦めて、自分とは違う世界の人間が買っていくものだと無理やり納得した。
ロイの贔屓の店は落ち着かない。
贔屓ってほど気に入ってるわけじゃないだろうけれど、食料品とか生活用品を買うのはいつもここだった。購買層が明らかに高給取りの連中って感じで、物も品数もいいが値は張る。オーガニックだとか無添加だとかいう表示をいやってほど見かけた。なんだか全身が痒くなる。こんな店、以前の自分だったら鼻で笑って通り過ぎただろうに。
「何か欲しい物ある?」
後ろから聞こえてきた声に振り向く。片手にコーヒー豆のパッケージを持ったロイが立っていた。休日らしくラフな生成りのシャツと黒いスキニーデニム。シンプルな格好なのに、やたらと眩しく見えた。
「あー、甘いモンとか? コーヒーのおまけに」
「いいね。レジの方の棚にあったはず。コーヒーみたいに場所が変わっていないといいけれど。待たせてごめん」
「んーや、キュウリ入りの生水なんか見てたらあっという間だった」
ロイは首を傾げていたけれど、説明するのもアホらしいと思ったダニーは、コーヒー豆を掴んでカゴに入れ、さっさとカートを押して目的の棚に向かう。一瞬遅れてロイも彼を追いかけた。
チョコレートの置いてある棚には、これまた多種多様の商品が芸術的なまでの配置で綺麗に並べられていた。ダニーが見たことも聞いたこともないようなメーカー(もしかして、ブランドっていうのか?)だらけで、どれを選んだらいいのか悩みどころだ。
「選び放題ってのも考えものだなあ、チョコ探しで一日終わるんじゃねえの」
「そう? うちはいつもこれ買ってたから」
「たまには冒険してみろよ、ワサビ入りのホワイトチョコレートなんかあるぜ」
試しに食ってみよう、とダニーがそれをカゴに入れたところで、ふとロイが何かに気づいたように棚へ手を伸ばした。気になったモンでもあったか、と覗いてみると、手描きのヘーゼルナッツとフェアトレードの認証ラベル。
「ね、アフリカのチョコレートだって。これにしよう」
「あんた、すぐそうやって……」
馬鹿のひとつ覚えみたいに、ロイはダニーの故郷を連想するような物を選ぶ。無邪気に。あの地に郷愁がないとは言えないが、わざわざ思いを馳せたくなる気はしない。振り返りたいとしたら、せいぜい、両親の墓へともに埋めた在りし日の記憶だけだ。それでも──。
「フェアトレード商品だから、その、君の故郷にすこしでも何か貢献できるかもしれないと思って……あ、でも、こういうの、嫌だった?」
機嫌を伺う子どもみたいに揺れる瞳。なに不安そうな顔してんだよ、とダニーはロイの手からチョコを攫ってカゴに放り込む。
「嫌じゃない。ロイ、あんたのおかげでおれの故郷は安泰だよ」
このまま顔じゅうにキスでも振らせたいくらい気分がいい。けれど、膨らむ気持ちを押さえてレジに向かう。キスだけじゃ収まらないかも。逸るダニーに置いていかれたロイは、また一瞬遅れて彼の背を追った。
//
// in the House.
音を立ててコーヒー豆を挽くダニーの手を、ロイはじっと見つめている。
彼の動きは気性に似合わず繊細で、かと思えば力強く大胆なときもあって、いまもほら、挽いた粉を取り出そうとしてすこしこぼしてしまった。電動のミルを使えば楽なのに、手前に引き出しのついたレトロなハンドル付きのミルを、彼はけっこう気に入っている。挽く作業が楽しいらしい。
ロイがまだひとりでこの家に居た頃、コーヒーはもっぱら外で飲むものだった。もしくは、個装されたインスタントを利用するか。なにせ、一度留守にすると長期間におよぶので、瓶のインスタントコーヒーはおろか、豆だって、管理するのが難しい。開けた日やら消費期限やら、そんなことを覚えておく余裕は彼の頭になかったのだ。それが、いまでは自宅で豆からコーヒーを淹れているのだから。
「やっぱりさ、挽きたてだといい匂いするよな」
ちょっと眉を寄せて笑うダニーの言葉に頷きながら、注ぎ口の細長いケトルで沸かしたお湯を粉に注ぐ。ハンドドリップはロイの分担だった。ダニーいわく、まどろっこしい仕事はあんたに任せる、だ。その間に、彼は買ってきたチョコレートを広げて選別をしている。しばらく表裏を見て味の組み合わせを考えていたようだったけれど、結局まんべんなく食べたいと思ったのだろう。ガラスのボウルにぜんぶ放り込んでリビングへ持っていった。
「まだ落ちねえの」
「ん、一人分なら落ちた。先に飲みたい?」
「いや、待つ」
ゆっくりとサーバーに落ちていく液体を眺めていたら、ダニーが何かを口元に近づけてきたのでぱくりと食べた。ミルクの香りとかすかな刺激の風味。
「ワサビ入りのホワイトチョコレート。どう?」
不意打ちの味見に眉をきゅとしかめて、ロイは、けっこういける。と返した。
//
// at a Supermarket again.
──キュウリ入りの生水が六ドル。
ロイは、棚に並んだキューカンバー・ウォーターの列を横目に、コーヒー豆を取りに行ったまま帰ってこないダニーを待っていた。以前来たとき陳列場所が変わっていたのを忘れて、通り過ぎてしまったのだ。
すぐ取ってくる、いつものやつだろ、と言って返事も聞かずにさっさと行ってしまってから、もう五分は経過している。何度か一緒に来ているスーパーだし、広いとはいえど成人男性が迷子になるほど広大な施設でもない。
──もしかして、どの袋か分からなくなった? 先に帰るはずはないし、まさか、誰かに足止めをされているとか……。
ダニーはとても魅力に溢れた人だから、声を掛けられていても不思議ではない。気を張っているときはすこし強面な顔も、最近はいい感じにゆるんで人懐っこいような愛嬌のある雰囲気をただよわせている。ロイは、それが嬉しくもあり、ちょっと心配でもあった。本人に言うと鼻で笑われてしまうので、自分が気をつけなくては、と思っていたのに。
──やっぱり僕もついて行けばよかった。
いまから追いかけるとすれ違ってしまうだろうか、と迷っているうちに、背後からカゴにポイとアルミのパッケージが放り込まれた。
「わりい、待たせた」
すぐ隣に並んで顔を覗き込んできたのは、待ちわびていたダニーだった。ついでにこないだのチョコレートも取ってきた。と目の前で品物を振る彼は嬉しそうな表情で。子どもみたいに、いいだろ? とねだってくるのが愛おしくて。
「いいよ、棚ごと買ってもいい」
ロイは本気でそう応えたけれど、ダニーは冗談だと思ったらしく、そんなにワサビ気に入ったのかよ。と笑っていたので、鼻の頭にひとつキスを押しつけた。