少佐の恋人観測記録

 少佐がこういった社交の場に現れるのは珍しかった。
 いや、社交の場というとかしこまった感じだな。部下との飲み会と言ったほうがいいだろう。とにかく、酒の出る席にも出ない席にもめったに顔を出さないマクブライド少佐が、今夜は僕たちの集まりに出席している。

「それで、これはこの間、博物館を案内したときの……」  そして、珍しく、というか異常事態だと思うんだけど、少佐は酔いが回って呂律のあやしい口調で、ずっと自分の恋人について語っている。端末のアルバム写真三千枚分を解説しながら。

 発端は、少佐の恋人について誰かが尋ねたことだ。  プライベートな情報をほとんど話さないマクブライド少佐だが、ここ最近は前よりすこし雰囲気が柔らかくなり、話し掛けやすくなった。というか、業務でも話し掛けにくい人ではなかったのだけれど、なんとなくお固い印象があったせいで、砕けた話題を振りにくかったのだ。それが、例の「恋人」ができてからこっち、だいぶ印象が変わった。

「少佐、最近なんだかきらきらしてますね」
「ほんと、輝いてるみたい。恋人さんの影響?」
「そういえば、少佐の恋人さん、紹介してもらってないですよ!」
 いま思えば、僕たちもそうとう酔っていたのだ。酔いにすべての責任を負わせることは出来ないが、アルコールは口を軽くする。それは、少佐にも作用していたようで、二つ返事で「いいよ」と端末を取り出してくれた──まではよかった。

「彼が僕の恋人です」  と言って少佐が表示した写真には……チンピラが写っていた。いやいやいや、上司の恋人をチンピラ呼ばわりするのはいけない。しかし、控えめに言っても僕は、派手な青いアロハシャツに黒いサングラスを掛けたブロンドの強面成人男性を見て、思わず「チンピラ」と称さずにはいられなかった。

「これは先月、動物園に行ったときの。彼はアフリカ出身だから、僕より動物に詳しかったなあ……類人猿のコーナーでは、ヒヒの狩り方とか食べ方とかも教わったし」

──少佐の恋人、ヒヒ狩って食べるんですか!?

 一同ドン引きの様子にも気づいていない様子で、少佐はなおも話し続けていた。ていうか少佐、そんなにたくさん喋れるんですね……報告書の読み上げよりも饒舌に話す内容によると、「恋人の名前はダニー」「動物に例えるとトラみたいでかっこいい」「早朝出勤するときでも一緒に起きてくれて、眠そうにしながらコーヒーを淹れてくれる」エトセトラ、エトセトラ。

──少佐、だいぶフワついてるな!? 誰だこんなになるまで飲ませたのは!

 動揺と「これ以上聞いても大丈夫なのか」という気持ちで固唾を呑む僕たちをよそに、マクブライド少佐はときおり、ふふふと微笑みなど見せながら写真をスクロールしていく。こ、こんなに無防備な顔を見たのは正真正銘はじめてだ! ちょっと少佐に対するイメージが変わりそうだった。もちろん、いい意味の方向だけど。

「ダニーは、とても素敵な人なんだ……僕にはもったいないくらい……」
 何百枚目かの写真を表示しながら、突然少佐がぽつりと呟く。端末の画面には、照れ笑いで片手を伸ばしカメラを避けようとするダニーさんの姿が写っていた。もうやめろよ、何枚撮ってるんだよ、とでも言っていそうな表情。すごく優しげで、カメラを向ける相手に愛のある眼差しだと思った。
 すい、と次の写真に移ると、カメラは一転、少佐に向けられていた。ダニーさんと思しき右手を掴んで、穏やかにこちらを見つめるマクブライド少佐。

──ああ、この人たち、ほんとうにお互いのことが好きなんだなあ。

 少佐は自分の写真とみるとすぐにスワイプしてしまったが、そのあと何枚かはすこしブレた彼の姿が続いて写っていた。たぶん、ダニーさんが左手で撮った写真なのだ。右手は恋人に掴まれながら。

「いいカップルですね」
 自然と口から台詞が溢れると、少佐はびっくりしたような、目を丸くした表情で固まり、すこし経ってから「そうだと、嬉しい」とはにかんだ。
 一同、愛おしい気持ちが溢れて、ついでに涙も溢れそうになった瞬間。

──ピピピ。
 少佐の端末に電話が掛かってきた。表示にはダニーさんの名前。
「あ、すまない。出ないと」
 すすすと輪の外へ出た少佐の電話を盗み聞きしたわけではなかったが、騒がしい店内でいつもより声を張っていたから……と言い訳しつつ。漏れ聞こえてきた会話は、迎えに来た連絡だったようで。そういえば、いつの間にか店のラストオーダーも近い。ダニーさんはもう店外まで来ているらしく、少佐が「入ってすぐ、正面のブースにいるから」と応えていた。

「どうも」
 と、気さくな感じで現れた青年は、写真で見慣れたおかげか、思ったよりずっといい人に見えた。チンピラというより、兄貴みたいな。彼は、頼りになりそうな逞しい二の腕で、酔ったマクブライド少佐を支え立ち上がらせていた。

「外でこんなに飲んだのはじめてじゃねえか。普段は飲みすぎないよう気をつけてるはずなんだけど……わりい、迷惑掛けちまったかな」
 僕らの方を見て、困ったように眉を下げるダニーさんは、優しい目をしていた。「ほら、もう帰るぞ」と手元に向ける眼差しが、あの、カメラを向けられて愛のこぼれ落ちてしまった少佐のものと似ていて。僕はなんだか、分かってしまった。マクブライド少佐が、彼のことを「とても素敵」だと称していた意味を。

 きっとダニーさんは、この地球に少佐を繋ぎ止める命綱のような人なんだろう。広大な宇宙で仕事をする僕たちにとって、その存在は文字通りの意味を持つ。とくに精神的な面で。以前の少佐に自滅的な傾向があるのを薄々感じていた僕らは、いまのきらきらしい生命力を放つ彼に安心している。たぶん、ダニーさんのおかげなんだろうな、と思うと、さっき溢れそこねた涙がぶり返してきて。

「な、なに泣いてんだよ、大丈夫か?」
 と、ダニーさんを心配させてしまったので、僕は「違います、あの、これは飲みすぎて、目からアルコールがこぼれてるんです」と、酔っぱらい特有の変な言い訳をしてしまった。