冷蔵庫の中を覗いたら、名前はよく分からないけれど青い葉っぱの野菜がしなびかけていたので救出する。生で食べるにはこころもとないので、適当に切って炒めて何かの付け合せにすればいいだろう。
そんなことを考えながら、ダニーは自分の身長くらい大きな扉を締めた。今夜、ロイの夕飯はいらないから、パック詰めで二枚入っているステーキ肉も、一枚しか焼かないですむ。
ふたりで暮らし始めた当初、この家にはフライパンがコンパクトなサイズのひとつしかなかったので、三〇〇グラムのステーキ肉を二枚同時に焼くのは苦労した。いや、一枚ずつ焼いてあんたが先に食えよ。家主なんだから。というダニーの主張は、「できれば、一緒に出来立てを食べたい……」というロイの台詞に崩された。まだ主張のあたまに「できれば」なんて控えめな語句が付いていた時期。いまでもロイはダニーに対してすこし遠慮がちだし、意見を譲りがちだけれど、前よりはマシになったと思う。人は完全には同調し合うことが出来ない。という妥協と、だからふたりでいるのは楽しい。という期待があるのを知ったのだ。
人生の哲学めいた思考をバターと一緒に溶かしながら肉を焼く。
結局、あのときは二枚のステーキ肉を一口サイズに切り分けて、なんとかフライパンに収めたんだっけ。全然火が通らねえ、とビール片手にコンロの前で何にともなく祝杯をあげた。思い出に浸っていると焼き過ぎそうなので、適当な時間で肉をひっくり返して様子を見る。うん、いい感じだ。定住する家があるということは、生鮮食品を思う存分料理できることでもあるのかも。うん、まあ、もうすこし慣れが必要だけど、いい感じだ。
ちょうどよくレアに焼けた肉を、付け合せの野菜が乗った皿に盛って、これまたいつ買ったのか忘れた使いかけのステーキソースを掛ける。スツールに座って、行儀わるくタブレットでドラマを再生しながら摂る夕食。贅沢なTVディナーだな、と思いながら食べた肉は、それなりに美味かった。
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夜中の十一時を過ぎてもロイは帰ってこなかったので、ダニーは自動再生にまかせてドラマの続きを見ていた。もう一話、もう一話だけ、と言い訳しつつ、最終回に近づくといっそこのシーズン全部見終わるまで、と往生際悪く粘ってしまう。
リビングのソファに移動して、ガス入りのミネラルウォーターなんて代物(仕事柄、任務前は禁酒するロイが買い置きしてるやつ)を飲みながら主人公の決断を見守っていると、ザッと車が駐車場に滑り込んで来る音がした。画面をタップして動画を停止し、いそいそとキッチンに向かってケトルをセットする。
「ただいま、ダニー。まだ起きてたの」
「お疲れさん。まだ宵の口だろ、ドラマ見てた」
「どんなやつ見てたの?」
「ゾンビと戦うやつ」
「面白い?」
「なかなかスリリング」
「途中から見ても分かるかな」
「解説してやるよ」
「あ、そうだ、これお土産」
コロンコロンと鞄から出てきたのは、小ぶりなプラスチック容器に入った高そうなアイスクリーム。近くで買ったのか、結露も溶けていなくて触るとキンキンに冷たかった。「冬にアイスかよ」と笑うと、「いつも帰宅したら淹れてくれるお茶、あれに合うかなって思って」と返されたところで、カチン、とケトルから湯沸かし終了の音がした。
「あんたの何、チョコミント? 歯磨き粉の味するやつ?」
「歯磨き粉の味じゃないって。そもそも、歯磨き粉の方がミント味なだけで、チョコミントはまったく別物の──」
「ああ〜〜分かったおれが悪かった。別物な。オーケー」
ソファに並んでアイスを食べながら談笑。
珍しくムキになる様子のロイがおかしくて、ダニーは肩を震わせて笑う。どうしてそんなに笑うの、と拗ねる彼の、やっと自分の言いたいことを遠慮せずに言うようになった変化に喜びもあって。
ぴとり、一匙すくったマカダミアナッツのアイスをロイの口に押し当てて、「せっかくだから、ナッツとミントの相性も確かめてみるか?」と挑発したら、スプーンを飛び越えて彼の唇がダニーのそれと溶け合った。