04. 君の笑顔が見たいから

──冬のいちごなんて味気ないものだと思っていたが、だいぶ甘いな。

 大ぶりなつやつやの赤い果実を、ベンは一口かじってそう思った。キッチンの作業テーブルには小麦粉やらグラニュー糖やらバターやら、ケーキの材料と分かるものが散らばっている。

「クリスマスケーキに挑戦するんだ」

と、意気込んでいたジョーダンの用意したものだ。しかし、肝心の本人は何処へやら。キッチンを見渡すと、冷蔵庫のメッセージボードに走り書きで「バター間違えた! 買い直してくる!」と書いてあった。

 見れば、テーブルに出ているものは有塩バターだった。お菓子作りに必要なのはだいたい無塩バターだ。なるほど。しかし、出しっぱなしはよくない。とりあえず使わないものをいったん冷蔵庫にしまい、なんとなく手持ち無沙汰になったので道具の準備などをする。

 簡単なタルトくらいは作ったことがあるが、本格的なケーキは作ったことがないな、と考えながら、印刷されたレシピを眺める。ネットで調べたレシピなんて信用できるのか? と思ったが、どうやら老舗のホテルが公開しているものらしい。ならばすこしは安心か。

 ベンは、ジョーダンが帰ってくるまでの間に、材料から手順から読み込んでみた。手伝ってほしいと言われた訳ではないが、なんとなく一緒に作るものだと思ってのことだ。

「バニラエッセンスではなくバニラビーンズを使うのか……あったかな」

 普段菓子など作らないので、確認したらバニラはエッセンスの方もなかった。買い出しに行った彼がそれを把握しているかどうか──居ても立ってもいられず、早足で固定電話に向かう。ジョーダンのスマホに掛けると、まだ店に居るようだったので、足りない材料を伝えて「気をつけて帰ってくるように」と一言添えて電話を切った。

「いやー、助かったよベン~~!」

 ケーキの材料のほかにもいろいろと買い込んできたらしいジョーダンが、ぴかぴかの笑顔でバターを取り出す。「なんかさ、ホリデーシーズンのスーパーって目移りちゃうよな。チョコレート安かったから、あとココアに、マシュマロに、キャンディケインってかわいいからつい目が行っちゃうけど全部食べきれなくない? でも買った!」というはしゃいだ報告の数々。

 ベンは、止まらないマシンガントークを半分聞き流しながら、ようやくケーキ作りに取り掛かったジョーダンの危なっかしい手元をさりげなくフォローして回った。手順を読み込んでおいたおかげで、いきなり全卵をかき混ぜようとするのも、薄力粉をふるわずに入れようとするのも阻止できた。こんな調子で菓子作りに挑戦とは、無謀が過ぎやしないか。

「ふふ、ベンが教えてくれるから順調でいいな。さすが俺の旦那さま♡」
「お前ときたら勢いはいいのに、まったく……

 バターとグラニュー糖を練るジョーダンの左手、薬指。それに、ベンの同じ指にも、揃いの指輪がはまっている。紆余曲折を経てこの関係になったが、いまだにジョーダンの行動には飽きが来ない。いつだって、新鮮な驚きと呆れと、思わず笑ってしまうような楽しさがあった。

「あーっ! 生クリームの絞り袋ないの忘れてた!」

 やっとこのことで生地をオーブンに入れたタイミングで、ジョーダンが叫ぶ。何かで代用出来るだろうし、なくてもヘラで塗りつければいいだろうけれど、完璧なクリスマスケーキにこだわる彼に付き合ってやりたいと思って、ベンはエプロンを脱ぎながら言う。

「生地を冷ましている間に買い物に行こう。俺もついて行く」

 何故なら、きっと完成したあかつきにはとびきりの笑顔を見せてくれるだろうジョーダンのために、手間を惜しんではいられないのだから。