The Perfect Drug

──彼の衝動を駆り立てる♡ベッド専用の媚薬香水。

 ドラッグストアで日用品を買うついでに、スキンやラブローションのある棚に来たら、何とも安っぽいキャッチコピーの香水が置いてあった。過去にあらゆるドラッグを試したジョーダンからすると、こんなものはプラセボ効果しか期待できないまがい物だ。惚れ薬やら媚薬やら、都合よく相手のこころを掴める薬なんていうのは、フィクションの代物に過ぎない。馬鹿らしい。自分だったら買わないね。と、目的サイズのスキンをカゴに入れたのが十分前。ところが、会計を済ませたジョーダンの持つエコバックには、その香水が一箱入っていた。

「いや、最近のドラッグ事情とか追ってないし、もしかしたらおれの知らない間にマジでそういうのが発明されたとか、そうでなくてもこれはあれ、好奇心! 実験! おれって何事も試してみないと気がすまないし! 三十ドルなら失敗しても痛くも痒くもないし!」

 誰にでもなく言い訳を並べながら、ジョーダンが必死になるのには理由があった。いま同棲している相手、ベン・リカートとの性生活について悩んでいるからだ。

 ベンは、ウォール街の優秀なトレーダーだったけれど、他人を蹴落とすことに躊躇いのない破滅的な業界に嫌気が差して、わざわざ不便な山岳地帯なんかに引っ込んでしまった変人だ。世界の終わりに備えて食料を自給自足したり、健康のために定期的なデトックスをしたり、万が一のためにシェルターまで用意してるとかしてないとか。とにかく、ウォール街の狼と呼ばれ、享楽的な毎日を過ごしていたジョーダンからすると、本来は関わり合いになることのない人物だった。それが、どうして同棲することになったのか。このへんは長くなるので省く。みんな、未来の同人イベントでベンジョー馴れ初めから同棲まで描いた薄い本が出たら、そっちを読んで確かめてくれ。

 ちょっと潔癖気味で、抑制の効かないものを厭うベンは、そんな感じだからセックスもあんまり積極的じゃない。そう、これがジョーダンの悩みであり、嘘っぽい媚薬香水なんかを買ってしまった理由だ。「ベンと、もっとセックスしたい!」こう言うと淫乱に聞こえるけれど、性欲はまあまあ並だと思う。ベンが性欲なさ過ぎるだけだ。週に一回、一度出せば充分。みたいな、枯れてるのかって疑いたくなるくらい性生活が貧しい。しかも、事前に「セックスするのは、金曜日の夜だけ」という、ロマンチックの欠片もない約束までさせられた。頭おかしいだろ。

 セックスって曜日を決めてやるものじゃなくて、こう、その場の雰囲気とか流れとかあるじゃん? ベンはおれのセクシーな裸見ても「金曜の夜じゃないから」って理由で我慢しちゃうの? などと疑問をぶつけても、いつも答えは「性交の頻度が愛情の大きさではない」とか言う、クソありがたい説教じみた返事ばっかり。おかげで、ジョーダンは(個人的な感覚で言うと)孤島のシスター並の禁欲生活を送っている。いつ爆発するか分からない。いや、爆発したから、いまシャワーを浴びに行っているベンの寝具に、怪しい香水を振りまいているのだ。

 説明書きには「シーツに三プッシュで、彼のアソコはあなたの虜♡」とあったけれど、ジョーダンは十回もプッシュした。そんなにキツイ匂いじゃなかったから、セックスしたい思いの丈をぶつけるように何度も吹きかけてしまった。うん、アロマテラピーとか言って誤魔化せばいける。現に、きっちりパジャマを着て寝室に入ってきたベンは「精油のような匂いがする」としか言わなかった。ふふ、気づかれてない。さて、おれのスイートベアちゃんは発情してくれるかな。ジョーダンは、期待に胸を膨らませながらシーツに潜り込んだけれど、隣に横たわったベンはいつもどおり十五分で眠ってしまった。

「やっぱ、こんなのインチキだよなあ」

 明かりの消えた部屋のなか、ぽつりと独り言を零す。
 穏やかな寝息を立てるベンを眺めながら、ジョーダンも眠気に誘われるまま目を閉じた。

//

──おかしい。

 真夜中、身体の変化に気づいて目を覚ましたベンは焦っていた。
 体温が上昇している。無性に喉が渇く。何処となく怠い。気づきたくなかったが、下半身に熱が溜まっている。ありたいていに言えば、勃起していた。おかしい、いままでこんなことはなかったのに。もともとセックスを好む質ではなかったが、それはジョーダンに出会うまでの話。彼にひと目で惹かれたときから、ベンは自分にも人並みの性欲があると思い知らされた。触れたい、口づけたい、その身を抱いて肌を合わせたい。そういった欲求は、ジョーダンと暮らすようになってますます酷くなった。とどまることを知らない思いは、きっと彼を傷つける。そう思って、自制のために行為の頻度を決めたのに。

 隣にいるジョーダンは、何も気づくことなく安らかな寝顔で眠っていた。カーテンの隙間から差し込む月明かりで、白皙の美貌が輝いているように錯覚してしまう。すこし口が開いていて、呼吸するたび、わずかに唇が動く。ザクロの実のような、扇情的に色づく赤。ベンは無意識に唇を舐めていた。かぶりつきたい。こじ開けて舌をねじ込み蹂躙したい。唇だけでなく、もっとほかの場所も──。

 ぞくり、背筋に怖気が走る。
 眠っている相手に無理やり行為を押しつけるのは、たとえパートナーといえど倫理に反する。バスルームで身体を鎮めてこよう。そう思い、ベッドから起き上がろうとしたとき。「ベン……」ジョーダンが名前を呼んだ。ちいさな寝言だ。けれど、囁くような彼の声を聞いてしまったら、もう抗えなかった。ベンはシーツを剥ぎ取って、ジョーダンの寝間着をそっと暴いた。肌触りのいいサテン生地で隔てられた向こうには、もっと触り心地のいい肌がある。ウォール街で京楽に耽っていた当時、全身を脱毛したと言っていたので、胸から下腹部まですべらかだ。それはもう、陰部まで何もかも。ごくり、音を立てて喉が鳴った。

//

 肌に感じる違和感で、ぼんやりとしながら、ジョーダンは薄く目を開けた。
 温かくて、そわそわして、何だか気持ちいい。まるで、肌を愛撫されているときのような感覚。淫夢ってやつかな。ベンがあんまり構ってくれないから、とうとうセックスする夢なんか見るようになったんだ。と、もう一度目を閉じようとした瞬間。「ッあ、」胸に甘い痺れが走った。ばッと目を覚まして見やると、ベンがジョーダンの乳首に噛みついていた。やわく転がすような噛み方だったけれど、いつの間にかぷっくりと腫れたそこは、ずいぶん長いこと弄られていたらしい。軽く指で摘まれるだけで、下腹部まできゅんと快感が繋がってしまう。

「あ、ンうッ、ベン、な、なんで」

 呼び掛けて、やんわりと両手で頭を押してもビクともしない。何も言葉が返ってこなくて、苦しそうに荒い呼吸をしながら愛撫の手を止めないベンに、ジョーダンはすこし怖気づいた。まさか、あれ、ホントに効いたのか。「ちょっと気分が盛り上がればいいな」程度のつもりだったのに。ジョーダンが起きたことに気づいたベンは、いままで触れずにいた下腹部に手を伸ばした。起こさないよう気を使っていたのかもしれない。だって、いまのベンはすごく、大胆だった。いつもなら、もどかしいくらい直接的なところに触れない指が、ぞんざいにジョーダンの性器を扱いている。はやく身体を昂ぶらせたいみたいに。

「あッ、んん!」

 ぴゅッと白濁が飛び散る。ベンに付き合って禁欲していたせいで、すぐに達してしまった。腹部に掛かった精液を、ベンが舐め取る。「うそ、や、だってベン……」ジョーダンが驚くのも無理はなかった。フェラチオだってしてくれたことないのに、そんなの舐められたら。べろりと長い舌が精液をすくい、唾液とともに飲み込む。ぜんぶ舐め取っても、へそのくぼみをぐりぐりと舌で弄くられ続け、下腹部の奥がきゅんきゅんと鳴いてしまう。ほしい。なかに、ベンのがほしい。それを感じ取ったのか、ベンはベッドサイドの収納からローションを取り出して、ジョーダンの股ぐらへと垂らした。液体の冷たさにびくりと反応する暇もなく、性急に奥へ指を差し込まれる。

「すまない、どうしてか、いや、そんなのは言い訳だ」

 泣きそうなんじゃないかと思うくらい、情けない声でベンが謝る。普段の凛とした彼からは、想像も出来ないような声。謝りながらも、後孔の奥へと進む指は止まらず、二本三本と増やされてしまう。ふと、その隘路がやけに柔らかいのに、ベンは気づいた。「ひとりでしていたのか」ちゅぷ、と指を抜かれて身を捩ったジョーダンは、恥ずかしさと快感で頬を上気させながら白状した。「だって、週に一度とか、が、我慢出来なくて……」前だけ触っても全然イけないし、ベンはあんまり性欲ないから分かんないだろうけど、おれは無理、だって好きな人が隣に居たら、し、したくなっちゃうんだから。べそべそと涙声で一気に不満をぶち撒けたジョーダンを、ベンは驚いたような表情で見つめていた。

──あ、また呆れられる。いやらしい男だって、嫌われる。

 無言が怖くて、何か喋ろうと思うのに、上手く声が出ない。口ならいくらでも回るはずなのに、何を喋ればいいのか分からなかった。ふっと大きな手が覆い被さる。びくりと肩を震わせるジョーダンの頭を、ベンが優しく撫でていた。「すまない、君の気持ちに気づかなかった」さっきから謝ってばかりだな、と苦笑する彼は、眼鏡がないせいで端正な顔立ちがよく分かって、思わずどきっとしてしまう。「頻度を決めないと、際限なく抱いてしまいそうで」と話されて、今度はジョーダンの方が驚いた。

「うっそ、枯れてるんじゃなくて?」
「まさか。君は魅力的で、ふとしたときに煽られてしまうから。これでも、ウォール街を渡り歩いてきた身だ。……その、色事で破滅した人間も見てきたせいか、どうしても欲を自制する方向にいってしまって……」

 ベンが、世界の終わりに備えるような人間だということを忘れていた。
 何だ、おれ、めちゃくちゃ愛されてるんじゃないか? 性交の頻度が愛情の大きさじゃないっていうのは、セックスしたくない言い訳じゃなかったわけ? ほんとは、いっつもおれとしたかったってこと?

「我慢してたの、ベン」
「いまも、我慢している。すまない、これ以上は自分で何とかする、」
「だめッ!」

 ベッドを離れようとするベンの腕を掴んで、ジョーダンは大声を上げた。「ベン、しよう。ベンがしたくて、おれもしたいなら、何で我慢すんの。はやく抱いてよ」精一杯の誘い文句。掴んだ腕をぜったいに離さないとばかりに、白い指が食い込むほど力を入れてとどめる。ぐっと引き寄せると、簡単に身体が傾いて、すぐそばにベンの顔が来た。その頬に両手を添えて、ジョーダンは駄目押しにかぷりとベンの下唇を甘く噛んだ。彼は何か言いたげだったけれど、喉の奥でちいさく唸り声を鳴らすと、ジョーダンを押し倒して「加減出来ないぞ」と真剣な眼差しで言った。

「いいよ、加減なんかすんな。いっぱい愛して」

//

 ジョーダンの望むとおり、ベンは加減なんかしなかった。けれど、それは思っていたのとかなり違った。深く口づけられ、長い舌で口内を蹂躙され、溢れるほど唾液を注がれて。その間も大きな手が、胸を、横腹を、太腿の内側を愛撫し肌を滑っていった。中途半端に弄られたせいで疼く後孔を、もう一度丁寧に解される。もどかしくて、頭が沸騰しそうだった。「いれて、いれて」と何度も訴えたのに、そのたびに「もうすこし、もうすこし」と焦らされる。ベンだってつらいはずなのに。ときおり太腿にあたるものは、痛々しいほど勃起していた。その大きさと硬さを思い出して、じわり、涎が出そうになる。

「ね、ベンもう、もうおねがい」

 自分から股を大きく開いて、ベンの身体に脚を巻きつける。我慢出来ずに腰を揺らすと、擬似的なセックスみたいなのに、ほんとうの行為じゃないから余計もどかしくなるばかりだった。下腹に擦りつけられるものが熱くて、じゅんじゅんと奥が濡れるような感覚に陥る。むり、ほしい、はやくきて、ベン、おねがい。ジョーダンの青い瞳に涙の膜が張っている。ベンは、また喉の奥で唸ると、その目尻に口づけてから、ようやく挿入した。

「ン〜〜ッ! ふうッうう、」

 やっと訪れた快感に、挿れられただけで軽くイってしまう。  すぐにきゅうきゅうと締めつけてくる肉壁をゆっくりと進み、硬い切っ先が奥のおくまで満たしていく。うれしい、うれしい、きもちい、もっと、もっと。ジョーダンは自然と腰を浮かして、更に奥までものを飲み込もうと必死になった。それに応えるように、ベンもぐっと腰を進める。とつりとあたった最奥が、悦ぶように亀頭へ吸いついてきたので、堪えきれず、恥骨をぶつけて結腸口に入った。「ひゃッ、ああ、あ」ベンの背中を、ジョーダンの指が引っ掻く。

 最初は負担を考慮して優しく抱こうと思っていたのに、白い喉を晒して法悦に喘ぐジョーダンを目の前にしたら、自制が効かなくなってしまった。びくんびくんと痙攣する身体を押さえつけ、獲物を貪るように激しく揺さぶる。ぎっしぎっしとベッドのスプリングがうるさく軋み、乱れた呼吸が二人の間を繋ぐ。ただ、衝動のままに動いていた。「くッ」とベンが呻き、ジョーダンのなかに射精した。どくどくと熱いほとばしりが注がれ、じわじわと涙が溢れる。それをベンがそっと舐め取り、ジョーダンの前髪を梳いた。

「あ、あは、スキン買ったのに、つ、使わなかった、ね」

 でも、ベンのこと直接感じるみたいで好き。
 小首を傾げて微笑むジョーダンに、ベンは「だから、君というやつは」と大きくため息を吐いてから、耳元に囁いた。「もう一度言う。加減出来ない」鼓膜に響く低音に、ぞくぞくと背筋を震わせてジョーダンは甘く息を詰めた──。

//

 起床時刻を知らせる目覚ましを手探りで床に落とし、ベンは愛おしい唇をついばんだ。
 何時間も繋がっていた下半身は、互いの精液でどろどろに汚れており、ジョーダンの後孔からはもう入り切らないとばかりに白濁が溢れていた。彼は蕩けにとろけ、潮まで尽きるほど体液を出し切ったところで気を失った。やり過ぎてしまった。けれど、ジョーダンの顔は、真夜中に眠っていたときと同じく、安らかな表情をしている。

 ふと、枕元に見慣れない瓶が転がっていた。
 そういえば、やけに甘ったるい匂いがしていたな。ピローミストでも買ったのだろうか。と、瓶を手に取ったベンは、説明書きを読んで眉をひそめた。媚薬、だなんて。つい笑ってしまう。こんなものに頼るほど、切羽詰まっていたのだろうか。

「だから、君というやつは……」

 ベンは、眠るジョーダンの頭を優しく撫で、瓶をダストボックスに投げ捨てた。
 次から、性交の頻度を検討し直さなくては。それとも、彼の言うように「その場の雰囲気とか流れ」に任せたほうがいいのだろうか。どちらにしろ、ジョーダンと話し合わなくてはならない。まだまだ、これからも二人で過ごす時間は、たっぷりとあるのだから。