君ありて幸福

「赤い花って何があるかな」
「赤? バラとか?」
「いや、もっと控えめな感じの」

 何があったっけ、赤い花って言うとだいたい大輪のバラだとかの派手なイメージもあって、控えめな花を思い出せない。けれど、大事なのはそこじゃなくて。どうして突然、ベッドの中でロイはそんなことを聞くのか。降参だ、というジェスチャー付きで見上げると、彼は柔らかに微笑って白状した。

「ふふ、君の肌、赤い花が咲いてるみたいだから」
 ダニーの日焼けした肌に散る花弁のような鬱血の跡。

 ロイは花みたいだなんて言うけれど、その量はすこし驚かれてしまいそうなくらい多かった。見られると恥ずかしいから鎖骨より上はだめな、と決めた通り、ロイはきっちり鎖骨より下のありとあらゆる場所に口づけの跡を付けている。胸、心臓の上あたり、脇腹、腹部、へそ周りにも。あと、医者とロイ以外にはぜったい見せないだろう太腿の内側だとか、尾てい骨の上だとか。きっと鏡で確認したら、湿疹かと思うほど付いているだろう。

「意外と執着屋なんだな」
「あ、と。加減というか、止めるタイミングが分からなくて、つい」
 もしかして、痛い? なんて心配そうに聞いてくるから、ほんとうに分からなかったらしい。痛くない、嬉しいよ。と伝えると、それこそ花がほころぶみたいに愛おしい表情を咲かせる。あ、かわいいな、と思って油断していたけれど、いまは情事の真っ最中だったわけで。ぐり、と押し付けられるものが何か分からないほど、ダニーはウブでもないので。

「はやく続き、しよーぜ」  ロイの身体を引き寄せて、とびきりの誘い文句を口にした。

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 前戯で馬鹿みたいに全身口づけて回る彼の慎重さは、こと本番となるとすこしだけ削がれて荒々しいものになる。乱暴というほどでもないけれど、いまダニーの身体を這うロイの手は、ああ、彼も男なんだな、と思う程度には性急で力強かった。

「ッ、あ、そこ」
「ン、ここ? 君って脇腹よわいんだね」

 かわいい。とでも言いたげな優しい眼差しに顔が赤くなる。よわいと知られたところをしつこく愛撫されながら、淡々と律動する彼に翻弄されて、ダニーは自分の瞳が潤んでいるのを感じた。気持ちよすぎて涙が出るなんて、まったく贅沢なモンだ。心の中で必死にシニカルな態度を取ろうとしたけれど失敗した。だって、目の前のロイが愛おしすぎて。

 てろ、と胸にあたたかな感触を覚える。
 ロイの舌。子猫がミルクを舐めて飲むみたいに、何度も何度も往復して、ときおり突起した乳首を転がすのが彼のお気に入りだった。いつもはふにゃふにゃした舌先が、こんなときは硬くてしつこくて。じゅう、とたっぷりの唾液とともに吸われてしまえば、ダニーの肉体はひくついて、奥のおくまで何かが溢れて濡れてしまいそうだと錯覚する。

「かわいい」
 とうとう口に出して言われても、ダニーは反撃出来なかった。かわいくていい、はやくもっと、決定的な快感が欲しい。じくじくと体内を巡る痺れが、ダニーを大胆にする。ロイと繋がった陰部を見せつけるように両脚を大きく開き、中指と人差し指ですり、と彼のものを挟んで撫でる。とびきりの催促。ロイが唾を飲み込んで、大きく喉を鳴らすのが聞こえた。そこからはもう、欲望だけがふたりを支配していた。

「ど、して君は……ッ、はあ、はあ」
「ッあ、ろい、とまんな、もっと、も……ッと」

 離さないでと言わんばかりに腰へ両脚を巻きつけられたロイは、いっそう激しく律動した。いまを逃したら二度と辿り着けない場所を、ふたり揃って駆け上がるみたいに。夢中になって熱を追いかけて、君の顔を見たいとか、見んな、とかいう攻防を繰り広げて、けれど、最終的には息も出来ないような必死の口づけを交わして。あ、あ、と漏れるダニーの喘ぎ声とともに、とろとろに蕩けていく瞳の青を見つめながら。ぽろり、目尻から落ちる涙を合図に、ロイもダニーも絶頂に達した。

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「ゼラニウムかな」
 いきなり降って湧いた台詞に戸惑っていると、なんだよ、控えめな赤い花って聞いただろ。とすこしふてくされた口調のダニー。そういえば、そんなことを聞いた気がする。ロイはすっかり忘れていたのに、ダニーはずっと考えていてくれたのだ。

「赤いゼラニウムなら花弁もちいさいし、まあバラよりは控えめかな。あ、これ南アフリカの花なんだぜ」
 饒舌に話す彼は楽しそうで、花屋なんかガラじゃないと言っていたのが嘘みたいだった。働き始めてから、本や図鑑のページをめくって一生懸命に花の知識を覚えようとしていた姿を思い出す。そういえば、花言葉まで覚えようとがんばっていたっけ。

「ねえ、花屋さん。赤いゼラニウムの花言葉は何ですか」
 ピロートークにしてはままごとっぽい口調でロイが尋ねると、ダニーは一瞬きょとんとしてから、にんまりと笑って耳元へ唇を寄せ、とびきり情熱的な気持ちを込めて教えてくれてたのだった。