ジェシー、眠れないの。と、夜の帳をそっと開くような声がする。かたく閉じていた目を開けば、ドムの姿があった。相変わらず気配のない男だ。まるで白昼夢のごとくぼんやりとした像を結んでいる。
──夢なのか。
だったら、男の独壇場だ。嘘か真か、彼は夢魔のように夢の中へ入り込むことが出来るらしい。
──違う。現実さ。
ならば、このまま放っておいて欲しい。なのに、まるで死体のていで横たわるジェシーの肩を、ドムはやさしく撫ではじめる。体温を分け与えるように。死後のこわばりを解すように。摩擦が心地よくてうっそりと目を細めると、彼も目を細めて微笑んだ。なにが楽しくて自分に構うのか、ジェシーの眠れない夜にはいつもドムが現れる。都合のいい夢みたいだな、と思う。肩から首筋まで撫で上げられて、んん、と伸びをした。
──神経が昂ぶっているんだろうな。すごく凝ってる。
──は、静まる日が来るのか?
──来ないだろうね。君は走り続けないと死ぬ獣みたいだから。
ドムがジェシーの耳の後ろをくすぐり、ジェシーはドムのいたずらな手を引っ張り、ふたりはベッドに深く倒れ込んだ。獣、おお、走り続けないと死ぬ獣よ。眠っている場合ではないのだ。獲物はいまも目の前にいる。
突然押し倒されたというのに、まるで分かっていたと言わんばかりにドムは聞き分けよく身体を明け渡した。数えるのも面倒になる程度には情を交わしているせいだろうか。彼は雄を誘う雌の仕草でジェシーを誘った。男のくせにやたらと柔らかな肌。なだらかな両肩はすべすべとまるく、口づけると愛用している香水の匂いがした。
──いつも、何を考えている。
──さあ。そのときによる。いまは喉仏に口づけたいと考えているかな。
──そうか。好きにしろ。
思考の読めない相手が苦手なのは、自分がそうだからだろう。
何を考えているのか分からない、というのは驚異に成り得る。何故なら、人間は想像力の限界を知っているから。そこへいくと、ドムは何処までも果てしない思考の持ち主に思えた。ジェシーも辿り着けない荒野のその先、海よりも深く、彼は深淵の底まで潜っていけるだろう。と、喉仏を啄む彼の頭を抱きかかえながらぼんやりと考える。ドムとの情事も、何処までも深く繋がっていけるような錯覚を覚えるせいか。溶け合うという言葉通り、繋がってぴったりと肌を合わせていると境目が分からなくなるときがある。
てろ、とドムの舌先がジェシーの喉仏を舐めた。思わず官能の吐息がこぼれ、ジェシーはお返しにドムの喉笛を噛んだ。軽く歯を立てただけなのに、彼は達するときみたいに身体をびくりとしならせた。そのまま急所を狙って甘噛みを続ける。若く独占欲の強い者ならば、この肌に歯型を残したがるだろう。けれど、ジェシーはドムになんの跡も残さなかった。誰も彼を所有できないと知っていた。それを彼が寂しく思うのも察していた。物足りなさそうな目をする彼がお気に入りのジェシーは、だから、ドムの思い通りにはしてくれなかった。
案の定、足りないという目でこちらを見上げてくるドム。欲情の涙で潤んだ瞳は、飛び込んで泳げそうなほど綺麗な青をしている。それをべろりと舐めて味わい、性急に下肢を弄った。こっちもとろとろと涙をこぼしている。しずくをすくい取り、奥へ塗り込めて自身を充てがう。ふたり分のぬめりを借りて挿入すれば、互いに切羽詰まった声が漏れた。
──ゆっ、くり、うごいて……。
──分かってる。
ぬぐぬぐと前後に緩やかな律動をしていると、組み敷いた彼の顔がしだいに法悦の色に染まっていくのが見て取れる。ジェシーはこの瞬間が好きだった。できれば、ふたり果てることなくずっと穏やかに快感の波に浸っていたかった。静かに、しかし確実に快楽を追い求め続ける動きを続ける。仰け反ったドムの胸に吸いつき、鎖骨をしゃぶり、今度は強く喉仏を噛む。ぐり、と骨の感触を楽しみながら、いまごろ瞼を痙攣させて達しているだろう彼を思う。快感を与えながら、その顔を見られたらいいのに。夢想しながら、自身の欲も満たさんと動きを激しくしていく。馬に乗って走るときのようなリズムで、淡々と獲物を追いかける速度でもって中を抉る。
ドムが、いやいやと首を振ってずり上がろうとするので、すぐに手の中へ引きずり戻した。ちらりと見えた顔は、泣きそうでもあり、破顔しているようでもあった。そして、射精。触れてもいない性器から出る白濁に、いつも不思議な気持ちになってしまう。遅れてジェシーもドムの中に射精をする。
──どうしてそんなに悲しそうな顔をするの。
息の整った頃、掠れた声で尋ねるドムに、ジェシーはしばらく考えてから応えた。
──終わりの瞬間が苦手なんだ。
──そう。じゃあ、もう一度する?
それだって、終わりの先延ばしだろうに、ドムはいいことを考えついたみたいに無邪気な誘いをかけてくる。体内に収めたままの性器は、まだ昂ぶっていた。ジェシーはドムを抱きしめ、耳元で「死ぬのが先か、孕むのが先か、試してみようか」と囁いた。走り続けないと死ぬ獣だなんて言うから、ジェシーはもう止まれなくなってしまったのだ。