深夜と早朝の間みたいな時間に目が覚めてしまったのは、あんまりにも胸がどきどきしていたせいに違いない。ドムは、自分の頭を腕枕するマックスの逞しい二の腕に頬をこすりつけて、彼もどきどきして目が覚めてしまえばいい、と思った。けれど、疲れているのか静かな寝息が返ってくるだけだった。
そう、マックスとドムは昨日の夜、はじめて寝た。もちろん、大人の意味を含む「寝た」である。
──今夜は、子どもたちがお泊り会だから。
と、誘ったのはドム。
交際してもうひと月だというのに、ふたりはまだキスとハグから先に進めないでいた。お互い結婚していたときもあったし、恋人がいたときもあったから、こんなものは慣れっこだと思っていたのに。どうしても、性急に事を進めて台無しにしたくないと、臆病になってしまったのだ。
それくらい、ふたりは本気だった。
まるで運命みたいな出会いは、子どもの送迎という微笑ましいものだったけれど、その後の交際を申し込まれるまではとても情熱的で真剣な過程をたどったものだ。迎えの待ち時間にマックスと話しているとき挟まれる口説き文句と言ったら。いま思い出しても顔が火照ってしまうくらい甘くて熱くて。
最初は「からかってるんですか、ヴァタンさん」と冷たく突き返してしまった。
「いったい俺をどうしたいんですか」
「僕にどうにかなってしまえばいいと思ってるよ」
なんて交わした会話もあった。
そのときにはもう、ドムはマックスにとっくにどうにかなっていたし、すこしずつ懐に入り込んでくる彼を拒むことは出来なくなっていた。敬語と名字で呼んでいたのが、しだいに砕けて名前で呼び合うようになって。縮まっていく距離に、気づけば「恋人」なんて名前がつくようになっていて。
「手が早いって言われないか?」
「まさか。一途が過ぎるんだ、僕は」
「あなたはそうやってもう、恥ずかしげもなく……」
眉を寄せて呆れるドムの眉間に口づけるマックスの、唇の感触にもなじんでしまった。そのまま鼻頭にも音を立てて口づけ、「この可愛らしい唇にもキスしていいかい?」なんて冗談めかして許可を取るのにも「どうぞ」と律儀に返事をして。
ちょっとしたふたりだけのお遊び。
子どもたちの見ていない隙にと、キッチンで、裏庭で、車の陰で交わした口づけの数々。だけど、その先に進むには、ふたりには時間が足りなかった。いや、わざと作らなかったせいもある。もうすこし、このままごとじみたしあわせな時間を味わっていたかったのかも知れない。
だが、もうふたりは子どもなんかじゃない。
とっくに甘い蜜の味を覚えた大人だったので、しだいにもどかしくなってきていた。どちらが先に折れるか。別に勝負をしているわけでもないのに、どうしてか我慢比べみたいになってしまって。それで、先に降参したのがドムだったわけだ。
お友だちの家でお泊り会があるの、という子どもたちを送り出して、マックスに電話を掛けて。「僕もアナを預けられるから。今夜は……」と熱のこもった吐息で切れた通話に胸が高まってしまい、ドムはどうやって夕食を用意したのか記憶から抜けてしまったくらいだった。
気づいたら、ふたりはリビングで食後の紅茶を飲みながらテレビで流れている映画を見ていて。それが恋愛ものだったから変に意識してしまい、キスシーンで同じところに口づけようとするマックスのことを「こういうところが、かわいい人なんだよな」と逆に冷静に観察してしまっていた。
「ねえ、こうして進むのもいいけれど、他人のベッドシーンまで待てないよ。君はどう?」
つぎに降参したのはマックスだった。
情欲で潤んだ瞳は青く、波打ち際のさざめきみたいに揺れていた。たぶん、それが移ったのだ。ドムも急に身体じゅうの水分が沸騰したような心地で、はっと熱いため息をついていた。
「俺も待てない。マックス、お願い……」
そうして、マックスとドムは寝室までもつれあいながら歩いた。
一歩ごとに高まる期待と心拍数がうるさくて、嬉しくて。ベッドに押し倒したドムの服を脱がせるマックスは、何度も胸のあたりを確かめるように触れた。どくどくと指先に感じる鼓動。つい、ドムの手を取って自分の胸にもあてた。若い子みたいに跳ねる鼓動に笑い合って、こんなにどきどきしてたらもたないよ、なんて言って。
どちらともなく口づけをねだって、いつもの軽いものじゃなく、深くてぬらぬらしたよこしまなものを交えて、飲みきれない唾液を注ぎ込むみたいに喉までこじ開けられていくと、ドムの背にはぞくぞくと痺れが走った。
酸欠で、とろとろと身体の芯からとろけてしまいそうな心地よさが覆いかぶさってきていた。マックスの手が肌をなぞっていく。胸のいただきからへそ周りをするするなぞられ、敏感な脇腹をくすぐって陰部のきわどいところまで。触れられたところからバターのようにすくわれてしまうんじゃないかと思った。
「……ッ、ん」
「声、我慢しないで」
「や、はずかし……」
だって、こんな、まだ序の口だっていうのに。
ひとりだけどんどん感じさせられて喘いでいたら、みっともないんじゃないかと、ドムは声を噛み締めて口を手の甲で覆った。
「だめ。出して、聞かせて。我慢なんてさせないから」
マックスの指がドムの性器にたどりつく。
とろとろに先走りをこぼす先端を、くるくると意地悪くもてあそんで様子を見る。ドムが「ひん」と鳴き声を上げたのを合図に、我慢なんて出来ないくらい性感を高めようとぐちゅぐちゅ性器を扱く。
「きゃあ、あ、ああ……!」
いい声、とうっとり呟くマックスを睨みつけようとするのに、目元まで自由が効かなくなったみたいにとろけてしまい、失敗した。
びゅく、と射精したのを指に絡みつけて彼がさらに奥まで暴こうとするのを、ドムは恥ずかしさと期待の気持ちで待った。ぬるりと彼の指が体内に入り込み、慣らそうとしてぬぐぬぐうごめく。二本、三本と足されていくのに身を捩らせて反射的に逃れようとしてしまった。
──だめ、ちゃんと、受け入れるんだから。
泣きそうになりながら、ドムはマックスの腕に掴まる。離さないでといわんばかりにぐいぐいと力を込める様子に、マックスは嬉しさで胸がいっぱいになった。大丈夫、捕まえておくよ、と耳元で囁く。ドムはすこしはにかんで安心した表情を見せた。
「つらかったら、言って」
マックスのものがドムにあてがわれる。
息を詰めるドムに呼吸を促して、硬く熱いものをすこしずつ進めていき、ようやくすべてがおさまったときには、ふたりとも息を荒げて汗だくになっていた。「……繋がった?」と聞くドムは手を伸ばして、汗で張りついたマックスの前髪をかき分ける。「繋がった」と返すと、「うれしい」と彼は微笑んだ。
「動いていい?」
「まだだめ。もうすこし、こうしてたい」
ブロンドをもてあそびながら、ドムは意地悪のお返しだとマックスを焦らした。ならばせめてキスを、と唇を寄せても、ふいっと顔を背けられてしまう。「まいった。僕が悪かった」と降参してやっと、ドムはマックスに口づけを許した。こんなやりとりが楽しくてしょうがない。
ふたりはくすくすと笑って額をくっつけあった。ほんのちいさな振動なのに、ドムは体内でマックスのものも震えているのが分かった。無意識にきゅ、と締めつけてしまい、彼の表情がくっとこわばる。
「ねえ、もういいかい?」
「……いいよ」
我慢出来ないのはドムも同じだった。
マックスがゆっくりと律動し始めるのに合わせて腰を上げる。抉るように動く彼を追いかけ、なかのものを締めつける。ふわ、と訪れる快感に身を任せてしだいに激しくなるふたりは、もう動きをとめられなかった。
──あんなに激しく繋がったんだ。
もう、思い出すだけで恥ずかしくなる。照れ隠しに寝返りを打とうとして、くんと動いた腕にドムは閉じ込められた。
「もう起きていたのかい」
マックスだった。時計はそろそろ午前三時を示す頃で、起きるには早すぎる。ごろごろと腕を転がるドムの感触で目が覚めてしまったのだ。
「落ち着かないね、後悔してるの?」
「まさか! その、どきどきして、起きてしまったんだ」
白状すると、マックスはきょとんとした顔でドムをまじまじと見つめた。「君、そんな、かわいいことを……」とぶつぶつ呟くのによけい照れてしまい、ドムはシーツのなかへ隠れてしまう。それを追いかけて、マックスもシーツの海へ潜った。
「僕は嬉しいよ」
喜色を隠しもしないマックスの満面の笑み。そういうところが分かりやすくて好きなんだ、と実感する。けれど、いまはすこし放っておいてほしかった。この夜の出来事を反芻するには、彼と一緒では刺激が強すぎる。
ドムはくるくるとシーツのなかで逃げ回り、マックスはそれを追いかけて、結局、カーテンの隙間から朝日が差し込むまでじゃれあいは続いたのであった。