ナーヴァスブレイクダウン

 あなたを失ったら僕は酷く喪失感に苛まれ続けるだろうに、あなたときたら、僕を失ってもさっさと自分の感情に蹴りをつけてその後もうまくやっていけるだろうと思うと、まだ訪れない、あなたを失う日のことを想像して、どうしても寂しさに似た感情が襲ってくるのだ。あなたは誰にも執着しない。諦めを知っているあなたは、僕の居ない日常にも慣れていくのだろう。それはいい。僕だって、いつまでも昔の男を引きずるあなたを見たくない。なのに寂しくなるのは、僕があなたに執着しているせいかもしれない。執着。いや、もっと、人生を支配されているような感覚。あなたの居なかった日々を思い出せない。どうやって食事をしていたのか。どうやって眠っていたのか。どうやって呼吸をしていたのか。僕の心は、あなたを失ったらすこしずつ腐敗していくがごとく弱り果てていくだろう(腐敗というのは、なかなか冴えた例えだな、と思う)。心が死んでいくのだ。深夜に歩き回る死体のように静かに腐る心は、そうして、最後には何かを感じることさえやめてしまうだろう。

 あなたが僕でない誰かに気のあるふりをするとき、僕の心は嫉妬の導火線に火をつけて叫ぶ。「爆発するぞ! 今度こそ夢から覚めるときだ!」と。あなたとの、ロマンスなんていうのも恥ずかしく、しかしあたたかくて幸せな日々は、実は薄氷の上に成り立っているのだと誰かが囁く。浮かれていると、熱で氷がとけてしまうぞ、と意地悪く。「ほんとうは、彼を手放したほうが楽になれるんじゃないか?」と言う、そいつはいつも最悪の事態を僕に教えてくれる。「俺はお前を守ってるんだ。傷つきたくないだろう」と、心配そうな顔の裏でほくそ笑んでいる。「ほうら、やっぱりだめだっだじゃないか」と。そんなやつのことを知らないあなたは、ほとんど誰にでも笑顔をふりまき飄々として人の間を渡り歩く。軽やかなステップに、僕は置いていかれそうになって叫ぶ。「待って!」と。

 あなたが冗談のように頻繁に言う「愛しているよ」という言葉に傷つけられる。その傷は浅く、甘く、果実の薄皮をナイフで撫でるくらいのものだというのに、何度も何度も撫でられ続けるものだから、とうとう実まで到達してしまった。涙のように滴る果汁を舐め取るあなた。「きみはどうして素直に受け取ってくれないのだろうね」と、情けなくなるような顔で、眉を寄せ、すこし怒りを含んだ声で。「どうして怒ったような口調で物を言うんです」「きみに気持ちを届けられない自分が情けないのさ」彼は、いつも僕のせいにはしてくれない。こんな、始まる前から終わりを想像して怯えている僕のことを、ずっと待っていてくれる。根気よく、自信満々に。それなのに、僕はあなたに諦めてほしいのかもしれない。いつか来る別れのために、本気の言葉は聞こえないふりをする。

「それって、ものすごく後ろ向きだけど、最上級の告白のつもりかい」

 防衛本能に近いネガティヴな心持ちでもって、あなたとの関係を絶とうとする僕。反射的にポジティヴな言葉を返すあなた。「ほんとうに欲しいものを諦めたことはないんだ」と言って。根比べに近いかもしれない。僕が負けることが分かっている根比べ。いつだって、あなたに勝てた試しがない。今回もうまく言いくるめられて、結局、別れの言葉にならずじまいになってしまったことに安心する。