Take This To Your Grave.

「僕の懺悔を聞いてほしい」

 深夜のバーカウンターで人を待っていたら、ブロンドのお兄さんに声をかけられた。
 彼はひどく酔っている様子で、うっすらと潤んだ青い瞳がゆらゆら揺れていた。ネクタイまで黒で揃えたスーツに身を包んだその人は、醜態一歩手前のわりにきれいな顔をしている。通りの向こうに教会があるから、そこで聞いてもらえばって突き放してもよかったけれど、彼の表情には切羽詰まったものがあったし、変な勧誘とかナンパじゃなさそうだから、僕は頷いて話を聞いた。

「僕は、とある人のいのちを奪ってしまったんだ」

 お兄さんは、自分に起こった出来事を、酔っぱらい特有のめちゃくちゃな音量で話し始めた。ときおりスコッチを煽って頭をぐらぐら傾げるものだから、チェイサーに炭酸水を頼んで飲ませないとまともな会話にならなかった。「ありがとう。君っていい人だね」「そうかな。お兄さん、なんだか放っておけなくて」僕は眉を片方だけ器用に上げて応える。お兄さんの懺悔は、こんな話だった。

──妹が難病にかかって、手術が必要になったんだけれど、費用がすごくかかるって言われたんだ。うちはあんまり裕福じゃないし、僕もまだ社会人になったばかりで貯金もすくないし、でも、とても大事な妹なんだ。ぜったいに助けたい。それで、あらゆるつてを使って方法を探した。何人もの医者に相談したし、効果が曖昧な民間療法も試した。それでも、妹の病状はよくならなかったし、代替治療も見つからなかった。妹はいい子だから、わたしのために借金なんかしたら許さないからね、なんて言ってたよ。気休めの治療しか受けられなくて、つらかったはずなのに。

 僕も両親も、妹をとても愛していたから、やっぱり手術のためにお金を集めようと親戚中に救いをもとめた。けれど、いまはどこも余裕がないせいか、実家を担保にして借りた分を合わせても足りなかった。途方に暮れたよ、どうしたらいいのかって。で、最後は神頼み。こっちに仕事で越してきてから、ずっと教会に行くのをさぼってたんだけれど、仕事帰りに毎日通ったよ。どうか神様、僕の大事な妹を助けてくださいって。よっぽど追い詰められた顔でもしてたのか、ある夜、牧師さんが心配して「助かる保証はできないし、みだりに話してはいけないが、方法があるにはある」とひとつの提案をしてくれたんだ。それがおとぎ話みたいな方法でさ、ハリウッドにある病院の小児科医が奇跡を起こせるっていうんだ。なんでも、その小児科医は「助かる人間か助からない人間かひと目で判断して、助かると判断した人間の額に口づけると、どんな病気や怪我でもたちまち治してしまう」らしい。信じられないだろう。でも、僕は藁にもすがる思いで、翌朝ロサンゼルスに行く飛行機を予約したんだ。

 その小児科医は、まるでハイスクールの生徒が白衣を着てるみたいにあどけない顔をした、いかにも新人の医者って感じの男の子だった。こんな若くて頼りなさそうな人物だとは思わなかったから、ついぶしつけな目で見てしまったんだろうね。彼はちょっと苦笑して、「みなさん、はじめはそう感じますよね」と言ったんだ。「たしかに、僕は医者になってまだ一年の新米です。でも、たぶんあなたの助けになれると思う。お約束はできないけど」そう続けて、個室に案内してくれた。面識もない、アポイントメントもとってない、しかも患者でもない僕の話を、彼は熱心に聞いてくれたよ。

「わかりました。今夜の便で、妹さんの病院に行ってみましょう。ただし、再度言うようですがお約束はできません。僕にできるのは、彼女が助かるか助からないか判断すること。もし、助かるようなら、どんなものでも治せます。でも、助からないと判断したら、僕にできることは何もありません」 「それでもいい、お願いします。あなただけが最後の望みなんです」

 そうして、僕はその医者──フランク・W・アバグネイル・Jrと一緒に、夜の便でニューヨークに戻った。病院の面会時間は過ぎていたけれど、うちの事情を知ってる看護師さんが配慮してくれて、十分だけ時間をくれたんだ。そんな短い時間で何ができるのかわからなかった。でも、フランクは「じゅうぶんですよ」と言って、僕たちは病室に入った──。

「そこで何が起きたと思う?」

 スコッチの杯を飲み干したお兄さんは、ガン、と音を立てて興奮気味にグラスをカウンターに叩きつけた。バーテンダーが嫌な顔をしたので、僕はにこやかに高いカクテルを注文してやり過ごす。お兄さんはお構いなしに続きを話した。

「奇跡だよ、まさに」

──妹は眠っていた。もう遅い時間だったし、最近は体力も落ちてあんまり起きていられなかったから。カウンセリングみたいなことをするのかと思ったんだけれど、フランクはベッドの足元をじっと見つめるだけだった。何故か顔色を悪くしてしばらく考え込んでいたから、ああ、これは助からないんだなって絶望したよ。でも、フランクは僕に「妹さんを動かしてもいいですか」と聞いた。妹の足の方に頭を向けて、そっくり逆さに寝かせたいと言ったんだ。どうしてそんなことをするのかわからなかった。でも、とにかく彼の言うことを聞いて、二人がかりで移動させたよ。それから、フランクは妹の前髪をやさしくかきあげて、そっとかがむと額に口づけを落としたんだ。そうしたら──。

「まさか、妹さんの病気が治ったっていうの?」
「そのまさかさ! 信じられないだろうけど、フランクが口づけをした瞬間、何かが病室から去っていった気配がしたんだ。もう大丈夫ですよって彼が言うから、無理を言って当直医に診てもらったら、病巣がなくなってるって大騒ぎ。翌日精密検査をしても同じ結果。もう健康体だ、どうしていきなり治ったのかわからない、ってすごく不思議がられたけど、とにかく妹は助かったんだ」
「よかったじゃん。それで、なんで懺悔したいなんてことになったの?」
「……この話には続きがあってね」

 さっきまで饒舌だったお兄さんが、急に表情を暗くして、ことの続きを話しだした。

──フランクが妹を治してくれた夜、僕は彼をうちに泊めようと思って追いかけたんだ。もう遅くてホテルはすぐに取れないし、謝礼も何も受け取ってくれなかったから、せめてもの気持ちを表したくて。フランクは病院の出口にいた。黒いスーツを着た青年と一緒だった。何か深刻な様子だったよ。悪いことだとは思ったけれど、気になってつい立ち聞きしてしまったんだ。後ろ姿しか見えなくても、相手がとても怒っているのはよくわかった。静かな口調なのに、なんだか態度がこう、威圧的というか、まるでフランクをその、支配しようとしているみたいな感じで怖かった。

「約束を破ったな、フランク。だが、今回だけは見逃してやってもいい。君は僕の大事な名づけ子だからね。一度きりなら許してやろう。ただし、またこんなことをしたら、いのちはないと思え。そのときは、君をさらっていく」

 物騒な台詞だった。脅されているんだと思って、とっさに駆け寄ったけれど、青年の姿は消えていた。一瞬目を離しただけなのに、まるではじめからそこに居なかったみたいに消えたんだ。フランクに尋ねてもはぐらかされてしまって、どうしても話したくない様子だった。それでも、今夜の宿には困ってたみたいだから、僕の提案は喜んで受け取ってくれたよ。二人でタクシーに乗って、僕の住んでる単身者用アパートに帰宅した。散らかっててもシーツは洗濯してたから、フランクにベッドを譲って、僕はソファで一晩過ごすつもりだった。そうしたら、彼は言うんだ。「もし、謝礼代わりにあなたと寝たいと言ったら、どうする?」って。すごく思いつめてる顔だった。何かを、そう、怖がっているような。

「寝るって、狭いから休まらないよ」
「そうじゃなくて、その、セックスしたいって意味。……ごめんなさい、軽蔑したよね」
「いや、え、そういう……ど、どうして?」
「理由がいる? 一目惚れしたって言ったら信じる?」

 びっくりした。
 出会ったばっかりだけれど、フランクは冗談でこんなことを言う人間じゃないし、彼の目は真剣だった。僕たちは寝た。そういう意味で。ふたりとも慣れない行為だったし、貸し借りを身体で精算してるみたいで罪悪感もあった。でも、素晴らしいひとときだった。僕は彼を信じた。

 翌朝、目覚めたらフランクは消えていた。
 メモが置いてあって、「仕事があるから帰る。でも、また会いたい」と連絡先が書いてあってね。嬉しくてすぐに電話したよ。次のデートも取りつけた。僕たちは休日に互いの家を行き来して、はじめて恋したみたいに相手に夢中になった。フランクはいつも、僕が帰りの飛行機に乗るとき、ピーナツバターサンドを持たせてくれて、軽食だって。しあわせだったよ、すごく。毎日メッセージをやり取りして、なんでもないような野良猫の写真なんか送って「かわいいね」とか返ってくるのが嬉しくて。でも、ある日、ぜんぶ壊れてしまったんだ──。

「何があったの?」
「交通事故。僕は信号無視のトラックに轢かれて、意識不明の重体になった」
「それを、フランクが治したの?」
「そう、治してくれた。ほんとうは、治しちゃいけなかったのに……」

──ERに運ばれた僕は、治療を受けても予断を許さない状態だったらしい。駆けつけてくれた妹は、今夜が峠になるかもしれないと医者に言われて、すぐに両親を呼び寄せたって言ってたから。妹にフランクのことは言ってなかった。恋人ができたとは話したけれど、あの夜の奇跡の正体は、彼に固く口止めされていたんだ。それなのに、フランクは両親よりも先に僕のもとを訪ねてきた。そして、あの口づけをしてくれたんだって。意識が戻ってすぐ、そばにいた妹に聞いた。彼女は混乱していたよ。そりゃそうだよね、さっきまで死にかけてた怪我人が突然、傷跡ひとつなく回復したんだから。

「あの人、お兄ちゃんを見て真っ青な顔してた。それで、何故かベッドを動かして、頭と足元を入れ替えたの。それで、そう、額にキスして、もう大丈夫だって言って、いまさっき、出ていって、お兄ちゃん、怪我、どうして……」

 僕はあの夜を思い出していた。
 後ろ姿しか見えなかったあの、黒いスーツの青年を。
 彼はフランクになんて言ってた? またこんなことをしたら、いのちはないと思え、って。

 僕は病室を飛び出した。
 身体中についてた管とか計器が音を立てて引っこ抜けて、裸足で、手術着のままだったけれど、とにかくフランクを追いかけた。彼は病院を出て行くところだった。あの青年と一緒だった。はじめて顔を見て驚いたよ。その青年は、僕と双子みたいにそっくりの顔をしていたんだ。

「ごめんなさい、僕はあなたを傷つけた」

 フランクは一言だけ残して消えた。青年と一緒に。
 瞬きの間に、ふっと、最初から居なかったみたいに消えてしまったんだ。電話をかけようとして、事故でバラバラになった残骸しかないのに気づいた。でも、番号は覚えていたから、公衆電話でかけた。何度かけても不通だった。病室を飛び出したのがバレて、看護師に連れ戻されそうになっても、僕は受話器を離せなかった。こころの奥ではもう手遅れだとわかっていても、諦められなくて番号を押し続けた──。

「フランクはどうしたの?」
「……次の日、フランクの同僚から電話が来たよ。彼が亡くなったって。自宅で眠ったまま息を引き取ったんだって。僕たちが付き合ってるのを知ってる人だったから、すぐに連絡してくれたんだ。気遣いの言葉に、まだ若いのにとか、原因はわからないとか、そういう台詞が混じっていて、僕は目の前が真っ暗になった。あの青年の仕業だって、直感した。何が起こったのか理解できなかったけど、彼がフランクを連れて行ってしまったんだと思った。僕が、僕のせいで、僕がフランクを死なせたんだ」

 お兄さんは嗚咽をこらえ切れず、カウンターに突っ伏した。
 迷惑そうな渋い顔をするバーテンダーに目配せして、僕はお兄さんの肩を抱いてカウンターから離れた。誰も居ないレストルームに移動して、洗面台で濡らしたカクテルナプキンを使って彼の目元を拭う。

「あなたのせいじゃないよ」
「ごめん、ごめんね……ありがとう……」

 お兄さんはナプキンを手に取って、しばらく止まらない涙を拭い続けていた。あんまり強く擦るものだから、酔っ払っているのも相まって、目元がウサギのように赤くなっている。「明日の朝、痛くなるよ」と覗き込んだら、ふと、バーの店内よりも明るいレストルームの照明のもと、彼は僕をじっと見つめてぽつりと切なげな声をこぼした。

「実は、君に声をかけたのは、その、君がフランクにそっくりだったからなんだ。つい、もしかしたらって思って……まあ、今日がお葬式だったから、そんなはずないんだけど。ごめん、こんなこと言って。不愉快だよね……か、彼はもう、戻らないのに、どうしても、あ、諦められなくて……」

 そう言われてみれば、お兄さんの格好は喪服だったのだ。また大粒の涙が頬を伝って流れていく。そんなに泣かないで、と僕は口に出したかった。でも、それはきっと彼をよけい苦しめることになるだろうから、黙って背中をやさしくさするだけにしておいた。どのくらいそうしていただろう。店内はそれなりに混雑していたはずなのに、レストルームには誰も入ってこなかった。だから、お兄さんは思う存分泣くことができたし、僕は彼を静かに慰めることができた。

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「あの、すごく迷惑かけちゃって、ごめん」
「んーん、いいよ。あんなことがあったんじゃ、つらかったでしょ。気にしないで」
「はは、君ってほんとうにいい人だ」

 今日、僕はロサンゼルス市街地の墓地で、天使みたいに真っ白な顔になったフランクを埋葬した。葬儀のあいだじゅう、ずっと自分の罪を叫びたくてしょうがなかった。ニューヨークに戻っても、まっすぐ帰宅する気になれず、教会で相談するには冒涜的な懺悔を、酔った勢いで誰かにぶちまけてしまおうと思ってバーに入った。そこでたまたま出会ったのが、この世を去ったばかりの恋人に似てるなんて、どんな偶然だろう。信じがたい出来事でも、僕は奇跡を二度も目にしてきたから、そういうこともあるのかもしれないと神様に感謝した。

 僕たちはレストルームを出てから別れた。
 彼は人を待っているからと、カウンターの方へ戻っていく。僕はこのまま帰路につこうと、店の出入り口に向かった。そういえば、彼の名前を聞かなかったと思い出し、ふと店内を振り返る。と、外から誰かが入ってきてドアを押し開けようとした。けれど、僕が中途半端な場所に立っているから、靴の爪先にドアがあたって開けそこねてしまったらしい。慌てて一歩退いて、ドアを引いてその人に道を譲ろうとしたとき──。

「すみません、邪魔し、て……」

 絶句した。
 あの、黒いスーツを着た青年だった。僕とまったく同じ顔をした、それでいて、まったく温かみのない表情の男。不自然に動きが固まった僕をよそに、彼は店内を悠然と見渡していた。誰かを探しているのだとわかった。そして名前を呟いた。「フランク」と。

 その瞬間、僕は青年の腕を掴んで外に連れ出していた。彼はされるがままだった。声も上げず、抵抗もしない代わりに、ひどく落ち着いていた。それが無性に腹立たしかった。お前はフランクのなんなんだ。言いたいことは山程あったのに、僕が口に出せたのは「あれは、本物の、あのフランクなのか?」という、未練がましい質問だけだった。彼は眉ひとつ動かさずに「そうだ」と答えた。

「か、彼は生きてるのか? どうして僕のことがわからなかった?」
「フランクは死んだ。さっき土に埋めただろう、忘れたのか? それに、お前のことはいらないんだから、覚えている必要なんかない。フランクはもう、僕のものだ」

 不遜で傲慢な態度。
 まるで神をも恐れぬといった物言いと、青くつめたく動じない眼差し。
 掴んでいた腕に体温を感じられなくて、思わずぞっとした。これは何か、よくないものだと本能が告げている。あらゆる主導権、たとえば、生殺与奪の権利を握られているような、強烈なプレッシャーに圧されて呼吸が上手くできない。彼が羽虫をはらうように、腕を掴んでいた僕の指に触れた。途端に全身の力が抜けて、膝からがっくりと崩れ落ちてしまう。アスファルトに倒れた僕を、じっと彼が見下ろしている。そして、その目を三日月よりも細めたかと思うと、急に幼子のようにぱちぱちと瞬かせて、軽口を叩くような気安さで言った。

「やめた。結果的に、君のおかげで手に入ったのだし、一度だけ見逃そう」

 その場を圧倒していたものがすっと消え、急に肺に入ってきた酸素に激しくむせる。気づくと、僕は汗をびっしょりかいて震えていた。何故か「助かった」と安堵していた。彼は足元の存在なんかもう見えてないみたいに、さっさと店に戻ろうと爪先をくるりと回す。まだ息が整わなくて喋りづらかったけれど、僕は最後にひとつだけ「君は、何者なんだ……」と尋ねた。僕と瓜二つの顔が振り向く。

「ジョー・ブラック。死神のジョー」

 その表情は、悪戯っぽく微笑う子どものようでも、永久を生きる達観した不死者のようでもあって。ああ、ほんとうは、その正体を知っていたような気がするのに。酔いと疲労で混濁した僕は、するりと夜の闇に溶けていく死神の背中を、ただ、見送ることしかできなかった。

//

──むかしむかし、あるところにひとりの男の子が生まれました。

 その子の両親は、誰のいのちも等しく扱う死神に頼んで、名づけ親になってもらうことにしました。死神は、男の子に名前と、名づけ親の贈り物をしました。どんな病気でも怪我でも、たちどころに治してしまう、癒やしの口づけでした。死神は言いました。

「僕が、その人間の頭の方に立っていたら助けてもいい。でも、足元に立っていたら助けてはいけない。その人間は死の運命にあるから、あの世に連れて行かなくてはならないんだ。いいかい、約束だよ。もし、約束を破ったら、どうなるかわからないよ」

 大人になった男の子は、医者になりました。
 どうしても医療の力で救うことのできないときだけ、癒やしの口づけを施しました。もちろん、約束を守って、何人かのいのちは運命にゆだねました。そのたびに涙を流して他人の死を悼む男の子を、死神は不思議に思っていました。

「どうして君が泣くの」
「君が泣かないから」

 毎日どのくらいの人間が死ぬと思っているんだ。いちいち泣いていたら仕事にならない。死神はもう、千年に永久をかけて無限の時を加えたよりずっと長いあいだ死神だったので、人の死を嘆き悲しむことを忘れてしまったのです。

「君の瞳が溶けてしまう」

 何回目のことだったか、男の子がまた死を悼んで泣いているところに出くわした死神は、ふと彼の頬に流れる涙を指で触ってみました。なんとも熱い液体でした。火傷をしたかと思うほど、男の子の涙はあたたかく、きよらかで、うつくしいものでした。この子のたましいが欲しい。死神は、どうしても男の子を自分の世界に連れて行きたいと望みました。しかし、運命はそれを許しません。

 死神には人間の寿命が見えていましたので、男の子がまだとうぶん自分の手に入らないことをもどかしく思いました。たった何十年か待てばいい。これまで過ごした時間に比べれば、ほんの瞬きの間だというのに。日に日に思いは募るばかりでした。

 さて、そんなとき、男の子はとある男に出会いました。
 死神そっくりの顔をした、普通の人間の男でした。
 男の子は彼に恋をしたせいで、癒やしの口づけを施してはいけない相手に力を使い、約束を破りました。死神はこれをさいわいだと考え、もう一度同じことをしたら君をさらうと忠告しました。男の子は頷きましたが、死神にはこれが無理なことだとわかっていました。この子は、きっとまた約束を破る。何故なら、男の寿命はもうすぐそこだったし、もし愛する男が死にかけたら、男の子は言いつけに背いて彼を助けるだろうと確信していたからです。恋だの愛だのというものは、人間の運命を狂わせるものだと、彼らを見ていてよく知っていました。

 そうして、みなさんがご覧になったとおり。死神のジョーは、無事、フランクのたましいを手に入れました。もう、これからはずっと一緒。神様が死ぬまで、ふたりは悠久のときをたのしく過ごすのです。
 けれど、人でない存在の彼は気づいていませんでした。恋だの愛だのというものは、死神の運命をも狂わせるものであると──。