青春

──きらきら光って眩しい君。

 凡庸な例えだ。ジムは詩を書き綴ろうとしたノートの端を鉛筆でさりさり撫でた。黒鉛が広がる。落書きにもならない染みみたいなものが出来上がって、肝心の詩は一行も浮かばなかった。眼の前のバスケットコートでシュート練習をするドワイトを見ていたら、何かが思いつきそうだったのに、実際は頭が空っぽになった感じだった。

──ドワイトを何で例えたらいい? とか、無駄な思考だよな。

 だって、彼は何にも例えられない世界でたったひとりのドワイト・インガルズだ。人間は誰だってそうだけれど、ほかの何にも代えがたい存在だと分かっていたのに。とくに、彼はそう。ジムにとってドワイトは、人生の支えになるほど大きな存在のひとりなのだ。

 いまだからこんなのんきに構えていられるけれど、以前のジムはドラッグの問題(に始まるあらゆる人生の困難)にぶち当たっていたから、他人のことを思う余裕なんてなかった。たった一人の肉親である母親にさえつらい思いをさせて、それでも自分のことしか考えられなくて、当時はだいぶひどい息子だったと思う。でも、ほんとうに運よく拾ってくれる人に恵まれて更生することが出来たし、こうして恋人とも呼べる存在を得られた。

 ジムは、もうあの頃の自堕落で無様な生活に戻りたくないと思っている。だから、しばらく手をつけていなかった詩作を再開した。手始めに、ドワイトのことを書こうとしたのだが、どうも上手くいかない。

──なんか、象徴、みたいな。俺の人生を照らす……ブロンドの……ああ、クソ。これじゃただの惚気だろ。ばっかみたい。

 詩作ノートを閉じて鉛筆と一緒に脇へ追いやる。頭が働かないときは身体を動かす方がいい。立ち上がって、またシュートを失敗したドワイトに「力入りすぎなんだよ」と声を掛けながら、ゆっくりと歩いて近づく。

「ジム、教えてよ」
「うーん、ブランク長いからな……でもシュート練はめちゃくちゃしてたから、まだ覚えてると思う」

 一度リタイアしたバスケットボールの道だけど、何千本と打ってきたシュートの感覚はそうそう簡単に忘れたりなんかしない。ドワイトからボールを受け取ったジムは、何度か地面にバウンドさせてから素早くシュートを決めた。バスケットリングの真ん中にすとんと落ちたボールが、バウンバウンと跳ねて転がっていく。

「すっげー! なんで一発で決まんの!?」
「ここまで上手く決まるとは思わなかった」

 もう一回、とボールを拾いに走るドワイトの、「取って来い」をするときの犬みたいな生き生きとした表情が一瞬見えて、ぱぱぱっと言葉が浮かんできた。あっ、これがどっか行く前に書き留めないと! と思ったら、もうとまらなくて。ジムは急いでノートのある方へ向かい、罫線に鉛筆を走らせていくつもの散文を記録した。

──そうだ、こんなふうに、情景の輪郭を捉えるみたいに……。

 気がつけば夢中になって書いていた。ボールを持って帰ってきたドワイトが「あれ、ジム?」と呼ぶのも無視して綴っていた。こんなに書けるのは久しぶりだったから、勢いを削ぎたくなかった。だって、あふれる言葉の数々はジムそのものだから。人生の意味そのものなのだから。

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 ぶつぶつと何かを呟きながら熱心に(たぶん)詩作をしているであろうジムに、ドワイトは声を掛けないで待つことにした。シュート練習の続きでもしていようかと思ったけれど、バウンドする音で集中を邪魔したらよくないかな、と考えてバッグを置いたベンチに向かう。タオルを取り出し、冷えた汗を拭った。

──けっこう汗かいてたんだな、そんなに練習してたっけ。

 一緒にスポーツドリンクも取り出してあおる。無意識のうちに喉が乾いていたみたいで、ボトルの半分ほどを一気に飲んでしまった。

──ジムも喉乾いてないかな。

 見れば、彼はまだ書き物に夢中だった。

 ああ、詩作をするジムって、あんな感じだったなあ。と、ドワイトはハイスクール時代のことを思い出す。ジムと出会って、しばらくは遠距離恋愛みたいな感じで電話したり、ポストカードを送ったり、ときにはニューヨークへ高速バスでやって来たりもしたけれど、あるとき突然連絡が途絶えた時期があったのだ。

 それが、ジムいわく「ドラッグで人生をめちゃくちゃにしてた時期」というやつ。そのときの彼に会ったことがあるから分かるけれど、たしかに彼は自分の人生をめちゃくちゃにするため、ありとあらゆることをしていたように思う。ドラッグ、セックス、はては薬買う金欲しさに犯罪や売春まで──いま生きているのが奇跡みたいな日々。

 当時、なんとか探し出したジムに「なんでこんなこと」とか「馬鹿野郎」とか、怒りと悲しみとどうしてもっと早く気づいてやれなかったんだろうという後悔とかをぶつけながら、ドワイトは彼を抱きしめて罵った。裏切られたとも思った。でも、何より怖かった。自由で純粋で天使の羽が生えてるみたいに綺麗だったジムが、注射の跡を腕にいっぱい散らして吐瀉物にまみれてる姿を見て。

「おれのことすてて」

 腕の中でぽろぽろ泣き始めたジムがこぼした台詞に、「馬鹿! 捨てるわけないだろ!」と食い気味に返したのを覚えている。捨てるわけない。俺が拾わなかったら、ジムはどっか行っちゃってもう戻って来ない気がしたから。

 でも、まだハイスクールも卒業してないガキが背負える問題じゃなかったから、いろんな大人の力を借りた。とくにレジーっていう、ジムのノートに名前のあった人には返しきれない恩がある。彼もむかしドラッグで取り返しのつかないことになりかけたらしい。けれど、自分は軌道修正出来たから、同じように苦しんでいる人たちの更生を手伝っているのだと言っていた。レジーのおかげで、ジムはなんとか地獄から抜け出せたし、いまはこうやって、また以前のように詩作にも励むことが出来ている。

──だから、とめられないよなあ。

 あんまり見せてもらえたことはないけれど、ジムの書く詩はアウトサイダー・アートみたいに自分の内側の衝動をぶわっとぶちまけた感じですごかった。綺麗で整った文章じゃなくて、感じたままに書き連ねられた言葉の数々。それが読み手にぶつかってきて、痛いほど彼の心情を浴びせられる。ドワイトは、ジムの詩が好きだった。

 いっときは白紙の続いていたノートも、最近またどんどん更新されているっぽい。文字で埋まっていく紙面を思うと、ジムの回復を感じて嬉しかった。だから、まだ声は掛けないでおこう。と、ドワイトはベンチに座ってジムを眺めることにした。しかし、暇なので、ちょっとだけ彼の真似事をしてみる。

──君のひとりごとは天使の囁きみたいで……ええと、ジムは……。

 下手くそな詩作。詩作の真似事ですらないかも。

 それでも、なんとなく思いついた言葉を頭の中で混ぜこぜしてみるのはわりと楽しい。ジムも、こんなふうに楽しんで書いてるのかな、と考えていたら、「わるい!」と彼の声が。

「いまいい文章思いついてさ、ちょっと飛んでた」
「いいよ、俺も休憩してた。ねえ、何のこと書いてたの?」
「あーっと、それは……出来てから? の? お楽しみ?」

 歯切れのわるいジムの台詞に頭を捻る。まさか自分のことを書かれているとは夢にも思わず、ドワイトは「じゃあ完成したら読ませてくれよな」と言ってにぱっと笑った。