WHAT MAKE A GOOD MEN? - 3/11

//愛おしいひと

 

 オーガストが、人体の構造を叩き込まれた指先で、はじめに与えたのは、気絶した対象の男の頬へ気付け代わりに喰らわせた平手打ちだった。なるべく自白剤なしですませたかったので、手持ちの拷問器具からペンチを取り出す。説明はいらない。まずはオーソドックスな痛みから。

──痛みは免罪符だ。

 と、彼は思っている。口を割るための許し。
 案の定、男は剥がされた爪の数だけ悲鳴とすこしの情報を漏らした。しかし、ほんとうに欲しい情報にはまだ苦痛が足りなかったらしい。
 もっと許しを与えてやらねば、と、オーガストはペンチを持ち直した。狭く薄暗い地下に怯えた声が響き渡る。耳障りな音だった。

──拷問は好きではない。

 もちろんだ。職業柄、必要があって覚えた仕事であって、趣味ではない。醜い男の悲鳴で勃起したり、飛び散る血に興奮するような性癖もない。ただ、仕事の作業効率を考えると、好むと好まざるとにかかわらず、拷問について詳しくはなる。たとえば、どこを痛めつければ効率よく情報(それにはいつも多分に悲鳴や嗚咽も含まれる)を引き出せるとか、自白剤を使用するタイミングとか。
 今回は上手くことが運びそうで、オーガストは脳内で別のことを考え始めていた。トニーのことだ。

 トニー・メンデス。CIAの偽装工作員、及び人質救出の専門家として、この道ではかなり年季の入った先輩だ。
 潜入に必要な偽装パスポートを何度か世話になるうち、顔見知りになり、食事に誘い、ベッドにも誘うようになった。恋人と呼ぶにはまだなにか足りないが、他人ではない付き合いだった。

──今夜は彼を食事に誘おう。

 現実逃避一歩手前の思考で、オーガストは手元のペンチをくるくると回しながら台の上に置いた。乱暴にしたつもりはないが、ひどく大きな音が響いてしまった。意識が散漫になっている証拠だ。

「ヒッ……!」

 男のあげる小さな悲鳴で現実に引き戻される。まったくもって、小物といえる対象だった。必要な情報は、もうすこし上の対象を捕まえなくては手に入らなさそうだ。しかし、その人物の名も割れた。

「さて、これも仕事なんだ。悪く思わないでくれ」

 オーガストは美しい顔をちょっとかしげて、困ったように眉を下げる。心底すまなさそうなポーズをとってから、すばやく懐から銃を取り出し、男が命乞いをする間も与えず、眉間に一発打ち込んだ。
 口髭に隠された口角は、ほんのわずかだけ上がっていた。

//

 仕事の片付けを終えてからCIAの局へ足を運んだオーガストは、そのままトニーのいる部署までまっすぐ向かった。夕方の局の廊下は、これから帰宅するものも出勤するものも、誰も彼も足早に歩き回っている。
 ふと、めずらしく残業もせず帰路を進むトニーの姿を見つけ、オーガストはすぐさま彼のそばに寄った。

「先輩!」

 いかにも健気な後輩らしく、明るい調子で話しかけたのだが、トニーは疲れ切った様子で返事も返さない。彼はいつも自分につんとそっけないが、無視されるほど邪険にされたことはなかったので驚いた。よほど疲れる案件の後だったのだろう。

「トニー先輩、この後空いてるでしょう。食事に行きませんか」
「……オーガスト」
「疲れてるんでしょう。送りますよ。ただし、おれの車は置いていくので、明日の朝はあなたと出勤することになりますけど」 

 食事の先に望むことを暗にちらつかせてみたが、トニーはため息を吐いてからこくんと頷いて同意した。自宅まで運転する気力と夜の運動を秤にかけて、仕方なく後者を選んだようだった。
 消去法で選ばれてもいい。いかに自分に有利な状況へ持っていくかが大事なのだ。

 二人は連れ立って帰路へとついた。
 途中で、「どこかに寄るのは面倒だから」という理由で出来合いのものをテイクアウトし、トニーの自宅へ向かう。勝手知ったる人の車といわんばかりに、オーガストは運転手を見事に勤め上げた。

「入国スタンプが切り替わったんだ、いま扱ってる案件の偽造パスポート……それなのに新人が知らずに古い型で作成してきたものだから、後から日付を確認して肝が冷えたよ……」

 これもめずらしい。仕事の愚痴をこぼすとは。
 二度手間になってしまったという仕事の話を聞きながら、「そうなんですか」「大変でしたね」と定型文のような相づちを打つ。返事は重要ではないのだ。トニーも気にしていないようで、ぼそぼそと話しながら、やっと緊張をといたように座席にもたれなおした。

「あなたの仕事が丁寧でよかった。だから、おれはいつもトニー・メンデスに書類を頼むんですよ」
「だからか、どうしてかお前の名前をよく見る。僕はお前専任の技術屋じゃないぞ」

 たしかに、専任というわけではないが、オーガストはいつも潜入や偽造に使う書類一式を必ずトニーに頼んでいる。それは、ほんのすこし込めた愛情のサインであったが、なによりも信頼のあかしだった。
 プロ意識が高いがゆえに孤独で、仕事しか頭にないトニー・メンデス。誰もが信頼を寄せるが、業務上での付き合いでしかない。それをいま、ひとときさらうのが自分だと思うと嬉しくなる。まるで独り占めだ。

「はは、今回も世話になりましたよ」

 先輩の苦労して作った偽造パスポートの割に、小物しか手に入らなかった、という旨は省略した。もちろん、拷問のことも。そのへん、彼はわかっていてあえて聞いてこないので助かる。
 この穏やかな時間を、血なまぐさい話題で汚したくなかった。

 オーガストはトニーに、自分の仕事を「荒っぽいこと」としかいわない。CIAのハンマーとあだ名される自分の仕事は、たしかに荒っぽいことが多いので嘘ではない。だが、その実態は暗殺や拷問といった後ろ暗いものだ。
 だから、彼はわざと明るく振る舞う。茶目っ気を見せたり、油断したところを見せたりと、トニーの前ではなるべく血のにおいを感じさせたくなかった。
 笑顔で話し続けるオーガストの横で、トニーはぼうっと外の景色を見ながら相づちを打っている。信号待ちの間に盗み見た表情は、眠たげで、口が半開きになってしまっている。西日できらきらと輝く髪。泣きたくなるほどの平穏がそこにあった。

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 テイクアウトのチャイニーズを開けたトニーは、大きな体に反して小さな口で、すこしずつはみはみとヌードルを食べている。啜れないのだ。まるで小動物のようで可愛らしかった。口髭に隠れた唇が、もくもくと何かを咀嚼している姿も、なんともいえず愛らしい。
 春巻きを二口で食べてしまったオーガストは、行儀が悪いとは思いつつ、観察をやめられなかった。

 「そんなに見られていると食べにくい」といわれても、なにかと視線がそちらに向いてしまう。我ながら欲望に意識が傾きすぎている、とは感じるが、注意されてもなかなか視線を外せなかった。
 そもそも、対面で食事をしているのだから、目線が目の前にいくのは仕方がない。諦めてほしい。

「エビ、食べないんですか?」
「……好きだからとってあるんだ。やらない」

 そんな会話も愛おしかった。好物を最後までとっておくタイプなのだな、と脳内のメモに書き込んでおく。オーガストも好きなものは最後までとっておく方だ。
 今夜のメインディッシュを目の前に、そういえば、食事の仕方はセックスに似るという話を思い出して、話題に出そうとしてさすがにやめた。あまり警戒されてはかなわない。

 何度か泊まって関係を深めたが、トニーは欲望に奔放になれないタイプだとわかった。行為を拒む(けれど、望む)、愛撫を拒む(けれど、いい声で鳴く)、そんな性格。ほんとうはそれを望んでいるのに、どうしても理性が邪魔をする、というやつだ。だから、食事にベッドの話を持ち込もうものなら、赤面して追い出されてしまうだろう。
 もっと自分にはさらけ出してほしいと思うが、しかし、そういうところも可愛らしいので、そっと心のうちで願うにとどめておいた。ベッドの話はベッドで聞かせればいい。
 気づくと皿はとうに空になっていた。
 まだ好物までたどり着いていないトニーに「そんなに腹が減っていたのか?」と聞かれ、「ええ、とても」とだけ返しておく。

──あなたをたいらげたくて。

 とは、さすがにがっつきすぎだと思っていわなかったが。

//

 トニーの後にシャワーを借りて、適当にスラックスだけ履いて寝室へ向かうと、彼はうつ伏せになってまどろみのなかに旅立とうとしていた。
 いつもなら、帰宅してすぐ、着の身着のまま眠ってしまうという彼にしては、今日はよく堪えた方だと思う。なにせ、パジャマに着替えてベッドに横たわっているのだから。
 よほど疲れているのだろう。オーガストが狭いベッドに乗り上げても、うんともすんともいわない。ちゃんとこの後のことを匂わせておいたにも関わらず、彼は深い眠りへと身を任せようとしている。

 一瞬、張り手で起こしてやろうか、と考えたオーガストは、しかし、ほんとうにその一瞬後ですぐに考え直した。いけない。仕事の光景と重ねてしまっていた。
 自分を目の前にいるのは愛しい人物のはずなのに、「荒っぽいこと」をしてしまおうとするなんて。おれも疲れているのかもしれない、と思った。

「トニー」

 熱っぽく耳元で囁くと、ううん、とうなって彼が寝返りをうつ。仰向けになってやっと顔がちゃんと見られることに安堵した。また口がほかん、と半開きになっている。
 好奇心で人差し指を差し込むと、なんのためらいもなく咥えられた。無防備な姿に、ぞくぞくと背中に歓喜のようなものが走る。そのまま中指、薬指と指を増やし、口内をしずかに侵略していく。
 ぞろぞろとうごめく指にも目を開けないトニーは、されるがままだ。舌をすくい取って軽く引っ張ってやると、わずかに抵抗を試みるように引っ込められたが、基本的にオーガストのやりたいようにやらせてくれた。

「ねえ、ほんとうは起きているんでしょう」

 耳を食んでみても、反応は薄い。もごもごと「ねむい……すきにしてくれ……」とだけ返ってきて、思わず笑ってしまった。

「そんなことをいったら、後悔しますよ」

 ぜったいに乱暴を働かないという信頼を寄せられているのだ。だが、期待には応えたい。オーガストは空いている片手でトニーの髪をやさしく撫ぜてから、口に咥えさせていた指をすべて出した。

 トニーの体にまたがり、ゆっくりとパジャマのボタンを外していく。たいらな胸へ指をすべらせると、ひくりと肩がふるえた。これでも起きないのをいいことに、オーガストはずるずると後ろに下がり、腿に腰を落ち着けた。眼下に見える頂き、うっすらとベージュがかった乳首にくちづけを落とし、ぱっくりと食べてしまう。
 ちゅ、ちゅ、と吸いながら、歯で軽く愛撫すると、そこはすぐに立ち上がって反応を返してくる。本人よりもずっと正直だ。もう片方の手で胸を揉むと、緊張のほぐれた胸筋は、ふっくりと手に収まってやわらかく、しっくりと手のひらに馴染んだ。

「んあ……」

 気持ちよさそうに漏れる声。トニーは、もっと続けてほしいというように、胸板を反らしてオーガストの手に乳房を押し付けてくる。
 そうそう、正直になってくれればいいんですよ、とばかりに、彼はそこへの愛撫を深めた。舐られて赤くぽってりとした乳首が、唾液でてらてらと光る。美味しそうだが、強く噛んではいけない。ゆったりとした時間をたのしむように、ことさらやさしく、軽く、丁重にもてなすように弄る。

「ここはいい? もっと下も?」
「んん、下も……」

 眠気で素直になっているトニーに尋ねると、いつもより正直に応えてくれるのが可愛らしくて、オーガストはふっと口の端を上げて笑った。ひとつ、唇の横にくちづけを落とす。応えのないものだったが、トニーが身を捩らせて、「ふふふ」と笑い返したのがめずらしく、もう一度。
 手は愛撫のかたちでするするとパジャマの中をすすみ、薄い腹筋をなぞって腰骨の輪郭をすべっていた。肩幅が広いので、ここだけ華奢に見えてどきっとする。へそにふっと息を吹きかけると、トニーは「やめろ」とオーガストの頭を軽く押し返した。

「くすぐったい」
「よくなるかもしれないのに」
「早く下、触って」

 眠気のせいか、今夜はとことん正直になっているらしい。ズボンをめくると、そこはすでにゆるく勃起していた。先端にご挨拶。ひとつくちづける。ちゅ、という音を立てて離れた唇に残る苦味。先走りをうすくのばしながら、舌をすべらせて竿全体を濡らしていく。

「ああ、オーガスト……」

 ため息のように吐かれた名前に嫉妬してしまう。自分の名前なのに、目を閉じて快感をたのしむ姿が、まるで知らない男とたのしむ様子を俯瞰しているように錯覚したのだ。きつく根本を押さえつける。

「ッ! オーガスト……!」

 やっと目を開けてこちらを見るトニーを無視して、オーガストは先程とはうってかわって激しく先端をこすった。ちゅくちゅくと泡立つ先走りが白く濁って、どんどんすべりをよくする。
 トニーは突然の強い快感にうちふるえて、下肢を占領する、くるくると癖のある頭を押さえつけた。それを「もっと」という都合のいい合図にとったオーガストは、ますます舌でもって愛撫をすすめる。
 陰毛の奥にある玉を舌ですくいとり、しわをのばすように舐めれば、頭を押さえつける手にぐっと力がはいる。休みなく先端への摩擦を加えてやれば、舌で感じるそこはきゅううとせり上がり、かと思えば、あっけなく吐精してしまった。
 しかし、根本を押さえつけたままの射精はつらかったようだ。
 顔を上げて見やると、眉間にしわを寄せたトニーと目が合う。

「意地悪いぞ、お前」
「はいはい、挽回しますよっと」

 腿から降りて、手の中ではじけた白濁をいきなり下肢の奥に持っていく。びくりと驚く体。そんなに警戒しなくても、やさしくするのに、と思う。
 オーガストはベッドボードから勝手知ったるとばかりにワセリンを取り出しすくうと、トニーの後孔に塗りつけた。体温で溶けたものがてらてらと反射する。中指でくるくるとしわをのばしながら、そうっと挿入する。これくらいならなんなく飲み込んでくれるので、くっと指を折り曲げてよいところを探る。
 オーガストには、トニーの感じるところがよく分かっていた。ちょうど第二関節を曲げたあたり、腹の下に前立腺があるのだ。

  オーガストは検分するようにトニーのなかを弄った。びくびくと脈打つ肉壁。孕みもしないのに、快楽を感じる器官だけは女よりずっといいものを備えてくれているのが不思議だ。
 奥をくすぐると、トニーはおおげさなくらい体を跳ねさせてよがった。もう指が二本目になったことも気づいていないだろう。いやいやとゆるく首を振る額に、ちゅ、ちゅ、と唇をあてる。

「ああ、あ、やだ、だめ、」
「大丈夫、トニー、気持ちいいでしょう」

 彼は、この快感が苦手らしく、いつも逃げるようにいやいやをする。「ねえ、トニー。知っているでしょう。もうすこし我慢すれば、もっと気持ちよくなれる……」といって安心させるように顔中にくちづける。

 ぐちゅぐちゅとかき混ぜるように慣らしていると、やっと落ち着いたのか、すんすんと泣きそうになりながらトニーがくちづけに応えてくれる。舌を差し入れて、後孔への刺激と合わせて舐る。ふるふると反射でふるえる体をそっと押さえ、口蓋にぞろりと舌を這わせると、彼は軽くいったようにひくんと体を硬直させた。
 きゅうん、と閉まる後孔。いった直後にもう一本指を絡めると、そこは健気に根本まで飲み込んだ。もう、三本入っている。

 スラックスのなかで、痛いくらいに勃起した自身が、はやくはやくとオーガストをせかす。手早く下を脱いでトニーに覆いかぶさり、ゆるくほどけたそこから指を取り出し、代わりにそうっとペニスを挿入した。先端がくぷんと入り込んだ後は、根本までずるりと入ってしまった。
 快感の訪れから逃れようとするトニーを追いかけて、オーガストは彼の片腿を担ぎ、さらに奥へと侵入しようと腰をすすめた。ずっ、ずっ、とすこしずつ速さを増してすべりのよくなるそこは、オーガストを離すまいとしているように締め付けてきて気持ちがいい。
 絡みつく肉壁を感じながら、トニーのいいところを突く。彼は涙を流しながら快感に身を捩らせていた。また、いやいやとするのを、やさしくなだめて耳元で名前を呼ぶ。

「トニー、大丈夫、トニー、気持ちいいね、トニー、」
「やだ、あああ、だめ、だめ、オーガスト……」

 やだ、とだめ、を繰り返すトニーを見下ろしながら、なぜこの人は素直になれないのだろう、と思う。もっと、容赦なく、それこそ「荒っぽいこと」で苦痛を与えるように快楽を与えれば、理性を壊して喘いでくれるだろうか。

──いや、おれはもっと慈しみたいのだ。

 オーガストは平穏をもとめていた。それは腕のなかにあった。トニーは、オーガストの平穏そのものだった。
 あたたかな胸に額をつけて射精する。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえて、それがトニーのものであることに安心する。こんなに愛おしい人を与えられた自分は、どうやってそれを愛でればいいのだろうか。

 吐精を受けてちいさく収縮を繰り返す後孔からペニスを取り出す。トニーはもう限界とばかりに眠気に身を任せていた。オーガストはまだまだ足りないと思ったが、彼の眠りを妨げてまで欲望に身を任す勇気はなかった。

「ねえ、トニー、愛してるんです」

 心臓に向かって告白する。聞いているのかいないのか、トニーの鼓動はとくとくとくと頷いて返した。他人ではないが、恋人にはなにか足りないこの関係。だが、いまはこれで満足しよう。