HARDER BETTER FASTER STRONGER - 4/4

04.

 

「あ、気にせずやってくれたまえ」と言うソロの台詞は無駄だった。

 ベッドの上でもつれ合っていた二人は、すっかり警戒して体を離してシーツに包まってしまった。まるで親にセックスを見つかった子どもみたいな気まずさがただよっていた。この間は見せつけてくれたというのに、今回はさすがに目の前ではだめなのか。と残念な気持ちになる。別に寝取られることを趣味にしているわけではないし、他人のセックスを観察する趣味もない。二人の邪魔をしてしまったことが、ただ残念でならなかったのだ。

「あんた、昨日出ていったばかりだろう」
「うん、でも手違いがあってね、まだ居られることになったんだ」

 目線で噛みつかんばかりのオーガストを軽くいなし、トニーの隣に座る。彼は顔を赤らめてシーツの海に潜ってしまった。この子は、大胆なときもあれば恥ずかしがり屋なところもあって、なかなか面白い。「おかえりはないのかな」と言うと、「……おかえりなさい」とちいさく素直に返ってくるところがかわいい。

「まだ、愛撫の途中だったのかな」

 ソロは、ジャケットを脱いでカフスを外した。腕まくりをして、まあるくなっているトニーの形をしたシーツを撫でる。びくり、となかの体が反応したのをいいことに、つつつ、と背中のあたりを性的な色を含みつつ中指でたどった。

「んんん、」
「ほら、出てきなさい」

 トニーがシーツの海からぷはっと頭を出す。続けて、背中を直接触ってほしいみたいにシーツを脱いでいき、とうとうソロの膝に甘えるようにまとわりつく。やさしく、けれど命令するように言うと、トニーは催眠術にかかったようにソロの言うことを聞いてしまうのだ。それを見ていたオーガストは、下唇を噛んで悔しさをやり過ごしていた。邪魔をしたい。けれど、とろりとした表情で甘えるトニーを見ていたくて邪魔をしたくない、という顔で。

「この子はね、ちょっと被虐的な趣味があるんだ」

 そうだよね? と言うと、意味が分かっているのか分かっていないのか、トニーは首を傾げた。それから、ソロが潤滑剤の入ったチューブを渡して「自分で慣らせるよね?」と言うと、ばっとオーガストの方を向いてからふるふると首を振る。最初は「いやだ、むり」「恥ずかしい」「出来ない」と言っていたが、耳元に口づけを落としながらソロが何か吹き込んでいくと、酷く困惑しながらもおずおずとチューブを手に取った。

 とろり、粘性のそれを手のひらに出して指に絡める。そうして、そっと背中側から後ろに指を持っていくと、トニーは意を決したように呼吸を吐いて中指を挿入した。ごくり。オーガストの息を呑む音が聞こえた。トニーがそろそろと指を動かしてなかを慣らす光景は、若い子には強烈だったらしい。噛んでいた下唇を舐めて、じっとこちらを見ている。

 自分の胸に額を擦りつけながら後ろを弄るトニーが健気で、ソロは満足だった。まだこの子に愛されている、と感じる。こんな手段で愛を測るのは残酷だと重々承知してはいるが、やめられなかった。愛撫の手をすすめ、背中から脇腹をくすぐる。体格の割に細い腰つきを爪ですすすと撫でると、面白いくらいにトニーは体をびくつかせた。

「まだ、やめないで。続けて」

 ソロはトニーの体を隅々まで撫で回した。決定的な快楽をわざとやらないで、びくびくと反応する腕の中の肉体を弄んだ。途中で前を触ろうとした手を制し、なかを慣らす指の動きを続けさせ、トニーが「ほしい」と言うまで愛撫をやめなかった。そうして、とうとう「お願い、ソロ……お願いします……」とぐずぐずした声でトニーがねだると、ぱちり。ソロはオーガストに目配せをして言った。

「Bon appétit」

 オーガストが目を見開いてソロを見返す。「召し上がれ」だって? こんな状態のトニーを、まるで料理の下ごしらえでもしておいたとでもいうように差し出すのか? 俺に? そんな声が聞こえてきそうだった。ソロは目を細めて「それともいらないかい」などと言う。オーガストは「クソッ」と舌打ちをしてから、おそるおそるトニーの腰に手を添えて鼻先をうなじに埋めた。

「ごめんなさい」

 涙目でよく分かっていなさそうなトニーの後孔に、オーガストはいきり立ったものをぴたりとあてて謝った。何をされるのか分かったときには遅かった。トニーが「くっ」と息を詰めたのをソロは肌で感じた。じゅぶ、と音を立ててそこが犯される。「あ、あ、あ」短い嬌声を上げながらトニーが身を捩る。せり上がってきた涙を堪えきれずこぼし、上に体を逃れさせようとするのを、ソロは両手で制した。逃げ場を失った快楽が、トニーの体内でぐるぐると渦巻くようだった。

「ひあっ、ソロ、そろやめて、」
「違うだろう。オーガスト、だよ。君を気持ちよくしているのは」
「あ、え、おーがすと?」
「そう。呼んであげなさい。きっと喜ぶよ」
「ん、お、がすと、おーがすと……」

 ソロの誘導するように、トニーはオーガストの名前を呼んで背をしならせた。それがいけ好かないが、愛おしいひとに名前を呼ばれ続けて我慢できなくなったオーガストは、トニーの肩口に噛みついて衝動を逃した。「フーッフーッ」と荒い息が首筋にかかるのにまで感じてしまい、トニーはますますなかのものを締めつけた。すぐに持っていかれてしまいそうだった。いつものセックスと全然違う。トニーがこんなに自分のなすがままになるなんてめずらしい、とオーガストは思った。いつもは年上の余裕がすこしだけ垣間見えて、どんなに抱いても何処かで手の届かないひとだと感じていたのに、今は自分と同じところまで落ちてきたような。

──この男のせいなのか?

 ぎっとソロを睨みつけて、オーガストはトニーをぎゅうと抱きしめ直した。三人で密着しているせいで、男の瞳がすぐ目の前にあった。何を考えているのか分からない、深い青。恋人が他人に抱かれている痴態を目の当たりにしても涼しい顔をしている男が、どうしてなのか理解できず、気味の悪い感じがした。すると、男はすっと目を細めて悪戯っぽく八重歯をのぞかせて言った。

「トニー、彼はまだ考える余裕があるみたいだよ?」

 もっと頑張らなきゃね。と、オーガストが噛みついた跡を舐めて、そのまま鎖骨から喉を伝って深い口付けをする。息をも飲み込むようなそれに、トニーは呼吸が追いつかなくて苦しそうに喘ぐ。なかがきゅううと締まった。「うっ」とオーガストが呻いて、射精してしまう。それでもソロは口づけをやめなかった。次々にぼろぼろとこぼれてくる涙が唇に触れて塩っぽい味がしていた。舌で上顎をぞろりと舐め上げれば、トニーはびくんと大きく体を跳ねさせた。今度はなかが蠕動して、まるで絞り取られているみたいだった。後ろだけで達してしまったのだろう。オーガストは「くうう」と声を上げてトニーのうなじに額を擦りつけて快感に耐えた。

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「気持ちよかったね」

 ソロがトニーの髪を梳くように撫でながら言う。トニーは心地よさそうにそれに身を任せて、息を整えていた。一方、オーガストはソロの手管に乗ってトニーを苦しめてしまったことを猛烈に後悔しているようだった。

「あんた、変態だな」

 本心からの言葉だったが、ソロは飄々とした顔で「アイ・ノウ」とだけ言ってにやりと笑った。

「俺たちの世界へようこそっていっただろう」
「あんたの愛し方がロクでもないことはよく分かったよ」
「それは光栄だ」

 結局、ソロはトニーを抱かなかった。それなのに、トニーはまるでソロと情事を交わした後のように彼の腕のなかで安らいでいる。腑に落ちない。それに、「俺たちの世界」と言うものを見せつけられているようで気に食わない。オーガストは、ぎゅう、とトニーの腰に抱きついて寂しさを主張した。トニーはすぐに分かってくれた。ソロの手を払い、体を起こしてオーガストの前髪をかき上げる。額に口づけを落として「どうした?」といって聞いてくれる。

「ねえ、俺はこの男の代わりなんですか」
「まさか。君は君だよ、オーガスト」

 不安にさせてしまったね、といって背中を撫でてくれる手が温かくて、それだけで胸のあたりがほうっと満たされて、泣きたくなるような心持ちになる。「はは、坊やは甘えただなあ」と言う台詞は聞かなかったことにして、けれど、ちょっとだけトニーの子どもにだったらなってみたいかもしれない、と思って。

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 眠ってしまったオーガストをベッドの片側に寝かせて、ソロとトニーは深く口づけをかわしていた。久しぶりの逢瀬。今回のおあずけは長かったのだ。

「坊やが起きるんじゃないか」
「起きたら、彼も混じればいい」
「おや、何処でそんな淫蕩な趣味を覚えたんだい」
「さっきですよ」

 スイッチの入ったトニーはとまらなかった。ソロの股ぐらに顔を埋めて、さっさとスラックスのジッパーを下ろしている。出てきたソロの自身をぱくりと咥えて、じゅぶじゅぶと舐めて扱き上げる。

「ん、いいよ」

 ぱさついた髪に手ぐしを通してやると、トニーは気持ちよさそうに目を細めた。ソロの教え込んだ手管通り、喉まで使って亀頭を刺激してくるのだからたまらない。苦しいだろうに、必死になってソロを悦ばせようとしているトニーは健気でかわいらしかった。

 こんなに健気で一途な子の期待に添えなくて、ずっと一緒に居るよと言う約束すら出来なくて、ソロは胸が苦しかった。けれど、ソロはもし世界とトニーを天秤に掛けられたら迷わず世界を選ぶ性格をしている。それをトニーも知っているし、そうでなければ怒られてしまうだろう。

「もういいよ、おいで」

 寝そべったソロの腕のなかに、トニーは素直におさまった。ちゅ、ちゅ、と短いバードキスの雨を降らせると、彼はくすぐったがって身を捩った。

「上に乗れるかい」と聞かれて、騎乗位の形をとった。ソロの勃ち上がったものを後ろ手に掴んで、さっきの行為でやわらかくなった後孔へと導く。ず、と先端が入ってしまえば、あとは自重でずるずるとすべてがおさまった。

「は、あ」と短いため息が漏れ、トニーはしばらくソロのものがなかに馴染むのを待った。ソロは、その間、トニーの体を検分するかのように触って回った。「肋がすこし出ているね、もっと食べたほうがいい」とか、「腰つきが色っぽくなったね。坊やのおかげかい」とか。それは、愛撫だとか睦言だとか言う色っぽいものではなかったけれど、トニーは胸がいっぱいになるほどこのときが好きだった。しあわせな時間。ふわふわとただよう穏やかな空気が心地よくて、だからこのひとが好きなんだろうと思う。

 ソロの額に自分の額を合わせて、さっきのキスの雨のお返しをする。口づける位置を変えるたびに、後ろの位置もずれて摩擦が起きる。決定的ではないけれど、わずかな快楽に「んん、」と身じろぎながら、今度は唇にやわく噛みつく。舌を深く差し入れて、差し入れられて、口腔内を舐りつくすように味わった。じゅる、と溢れる唾液が口の端から垂れてソロの顎を汚す。最後にそれを舐め取って、トニーはふうっと上体を起こした。

 穏やかな情事だった。さきほどオーガストとさせられた嵐のようなセックスとは違う、ゆったりとした時間の流れに身を任せるような交わり。それでも二人は満ち足りていた。このまま朝まで繋がっていたいようなたゆたう時間。

 けれど、それはソロに破られた。くん、と腰を突き上げて、甘い痺れがトニーの下腹部に走った。それを皮切りに、突き上げが強くなっていき、呼吸が整わなくなってくる。「あっあっ」とちいさく悲鳴を上げながら、彼の動きに合わせて自分も腰を振る。ぎしぎしと音を立てるベッドの端にはオーガストが居るのに。そう思ってちらりとその方を見ると、彼は起きてトニーの痴態を見つめていた。途端、背筋がぞくぞくと震えて、なかが吸いつくように蠕動してしまう。ソロが呻いて、温かな精液が注ぎ込まれた。

 最後に名前を呼んだのがソロなのかオーガストなのか、トニーには分からなかった。ただ、その声でオーガズムに達した。

「あなたがあんまり綺麗で怖くなった」

 オーガストが真面目に答えるので気恥ずかしくなる。年甲斐もなく騎乗位なんてして、みっともなかったろうに。でも、彼はいたって真剣にトニーの美しさについて語り出す。ソロが神妙な顔で聞き入っているものだから、それにも気恥ずかしくなる。思わずシーツに包まると、二人して剥がしに掛かってくるのだから質が悪い。

「ほんとうは仲がいいんでしょう、二人とも」とトニーが言うと、ソロとオーガストは同時に「まさか!」と叫んだ。