WHAT MAKE A GOOD MEN? - 2/11

//ハンマーくん、名前を覚えてもらうの巻

 

 はじめは、偽造パスポートの入国スタンプが違う、と文句をつけに行ったのが出会いだった。
 トニー・メンデス。CIAの優秀な工作員にして、偽造と救出のプロ。彼の解決した人質救出作戦はいくつもあるが、それ以上に俺たち現場の人間は、彼の作成した偽造書類の世話になっている。

「この国の入国スタンプは新しいのになってるはずだが?」
「それは入国したことになっている日付が前のものだから古い方のスタンプでいいんだ」

 初歩的な見落としだった。けれど、後になってから、俺は彼と出会うために、こんなぽんこつな質問をしに行ったんじゃないかと思う。
 荒っぽい任務に駆り出されることの多い俺は、こんなにきれいな男に出会ったことがなかった。身長のわりに線の細い、うつくしい技術職の男。それがはじめてトニーに抱いた感想だった。

 次に出会ったのは、局の近くのカフェテリア。
 任務が終わって、局へ戻る前に寄ったそこで、彼は壁を背にした席で本を読んでいた。でかい図体を丸めて、すこし姿勢がわるい格好だったのにもかかわらず、そこだけ絵画のようにうつくしかった。
 思えば、このときから彼は特別だった。特別うつくしく見えていた。おそらく、恋といえば恋だったんだろう。
 横顔がきれいだな、と思いながら、声も掛けずに店をあとにした。

 三度目に会ったのは、やはり仕事で。
 潜入に使う偽造パスポートを受け取った俺は、直感で彼の作ったものだとわかった。技術職の人間は他にもいるし、トニーは俺の専属ではない。しかし、その細かな仕事に彼の気配を感じて、確かめるためにトニーのいる部署へ向かった。

「君は暇人か?」
「あなたのために暇を捻出したんですよ」

 茶化していった台詞に眉をしかめられたが、その顔もうつくしかった。もうこれは本格的に落ちてしまいそうだ、と思った。

「あなたの仕事が好きなんです。俺のパスポートはこれから、ずっとあなたに作って欲しいな」

 ギリシャ彫刻のよう、と例えられることの多い整った顔で、すこし甘えるようにいってみた。年下の武器だ。けれど、彼はまったく動じた様子もなくいってのけた。

「僕はただ作るだけ。あとは知らない。勝手なことをいうな」

 これで落ちた。
 我ながらマゾヒスト的で笑ってしまう。

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 それから何度か同じようなやりとりと続けて、とうとう彼が折れたときは歓喜に打ち震えた。「……上司に相談はしておく」とだけだったが、次から受け取るパスポートはすべて彼の作ったものだった。

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「そんなこともあったな……」

 いま、隣で書類を書いている彼は、やはりうつくしい横顔で、疲れたようにむかしを反芻していた。この仕事は、次の潜入で使用する予定のものだったので、様子を見がてら出来上がるのを待っていたのだ。

 「相変わらず暇な男」といわれてもいい。
 俺は相変わらずこの人を追いかけているし、彼は俺を追い払うのを諦めたので、前よりずっと距離は近くなった。
 出会ったときと同じくうつくしい人。
 薄暗い仕事をしている自分が触れるには罪深い、なんていうとまた眉をしかめられそうなので黙っている。

「ほら、出来たぞ。ハンマーくん」
「オーガストですよ、先輩」
「お前なんかハンマーで充分だ。いいじゃないか、CIAのハンマー」
「……それ結構恥ずかしいのでやめてください」

 「だめか?」と見上げてくる彼がかわいらしくてごまかされそうになったが、名前はきちんと覚えてもらいたい。「そういえば、守護天使なんてこともいわれてたな」といわれた日には。かなり恥ずかしいあだ名だが、彼の口から天使といわれて悪い気はしなかったので、「ええ、俺はあなたの守護天使です」と返したら。
 ほかん、と口を半開きにした彼は、徐々に眉をひそめて「オーガストがいちばんだな」と、名前を覚えてくれたのだった。