//Goodbye Perfume!
「これ、君にあげるよ」
ソロが荷造り中の鞄から投げてよこしたのは、まだ中身がほとんど残っていて重たい香水だった。とっさのことに取り落としそうになりながら、トニーはそれを両手で受け取った。代わりに脇に抱えた書類ケースを落としそうになる。
ホテルの一室。午後の陽光が差し込んで、手の中の漆黒のボトルに反射する。シャネルのアンテウス。ギリシャ神話の巨人の名を冠した、流行りの男性用香水だった。
「潜入するパーティで使ったんだけどね、次に行くところでは目立つから控えるようにいわれてるんだ。余ったから、君が使うといい」
「まだ新しいのに……贅沢ですね」
「はは、必要経費ってやつだよ」
ソロが目を細めて微笑う。わずかに漏れる重たげなウッドと花の香り。自分にはとうてい似合わない。目の前の、クールを気取った伊達男にこそふさわしい香りだ。
ナポレオン・ソロ。元大泥棒で、CIAきっての敏腕スパイであり、噂の絶えないプレイボーイ。年はトニーよりいくらか上らしいが、見た目はまったく若々しい。いまも、きっちりと分けて後ろに流した黒髪に、立派な体躯でオーダーメイドのスーツを着こなす姿が様になっていて、きらめくほど輝かしい。精悍な顔立ちは、それこそギリシャ神話に出てくる神々のように整っていて、瞳は泳げそうなほど青くうつくしい。
これなら、街を歩くだけで香水の広告塔になれるだろう。
それに対して、トニー・メンデスは、同じCIAに勤務しているといっても、書類の偽造や人質救出といった表立たない仕事が主な工作員だった。華々しいソロのようなスパイと違って、その仕事は地味で忍耐を要する。仕事に熱心なせいで、髪も髭も伸ばしっぱなしのぼさぼさであった。
しかし、「図体はでかいが仕事は細かい」といわれるように、大きな体躯のわりに手先の仕事が得意で、今回もソロが使う偽造パスポートを徹夜で仕上げて届けに来たところだった。
書類ケースを渡して、自分はさっさと帰るつもりだったのに、どうしてか立ち去り難い。手の中の香水がそうさせているのだろうか。
「貸してごらん」
それを、持て余しているとおもったのか、ソロが取り上げる。しゅ、と一吹き頭上に中身をかけられた。ウッドの香りを鼻で追っていたら、突然、手を絡め取られてソロの胸に引き寄せられていた。
「さあ、踊って」
くるり、夜会のダンスのように一周。香りのヴェールが舞い降りてくるのを嗅覚で感じる。うすぼんやりとした自分には似合わない、生きいきとして甘やかな匂い。
「肌に直接かけるより、こうしてくぐるくらいが丁度いいよ。香りがきついと女性の香水のたのしみを損ねてしまうし、エチケット違反だ。ああ、でも局じゃ煙草の臭いがきついからなあ……寝具にでも吹きかけたらいい。夢で逢えるように……」
「そういう口説き文句は女性にしてください」
「なんだ、照れているのかい?」
後輩をからかう先輩のていで、ソロは腕の中の首筋にすっと通った鼻筋を押し付ける。トニーが思わず逃れようと胸を押してもびくともしなかった。体格や力の差がそれほどあるとも思えないのに、彼の手から逃れられないのはなぜだろう。
──彼はきっと、何でもないつもりなんだ。
トニーは胸の内で泣きそうだった。ソロの腕にずっと捕らえられてしまってもいいと思った。しかし、目の前の彼はあっさりと腕を離し、代わりにまた香水を渡して「本当に夢に出てきたら笑ってくれよ」などと冗談めかしていっている。
──そんなの、笑えそうにない。
トニー・メンデスは、もうずっと前からナポレオン・ソロに恋い焦がれていた。
//
その晩、律儀にも寝具へ香水を吹きつけて寝たトニーは、ソロの顔ばかり思い出して眠れなくなってしまった。悶々と過ごすうち、つい魔が差して、いっそ衝動に身を任せてしまえと下着のなかに手を伸ばしたのがいけなかった。
くちくちとはしたない音を立てて性器を弄る。枕元からは、彼の腕のなかで感じた匂いがうっすらと立ち上っていた。
「あ、あ……ソロ……」
トニーは控えめにその名前を呼びながら、高まる気持ちを押さえきれずに手の動きを速める。唇はだらしなく開き、下腹部が細かくふるえる。彼を思って自慰をしたことはあったが、今夜のそれはいっとう夢中になってしまった。
きっと香水のせいだ。
くるりと踊った瞬間を反芻する。彼の厚い胸板、首筋に感じた息、押し付けられた鼻の形まで思い出してしまう。あのままくちづけられていたら、と自分の心臓がひどくやかましかったのを、覚えている。
こんなの、笑えもしない。あなたが冗談でいった言葉に振り回されて、こんな、いっときの仮の姿だったとしてもあなたを思わせる香りに欲情して。
しゅ、しゅ、と擦り上げる指をソロのものだと思いながらすると、背筋がしびれるほど感じてしまう。片手で先端をくるくるとなぶれば、もう終わりが近い。あっと思ったときには吐精していて、シーツにべっとりと自分の精液が飛び散っていた。
──最悪だ。
はじめは純粋な憧れだったのに。映画や小説の世界で華々しく活躍するスパイのようなナポレオン・ソロの話を聞いて。自分がその仕事を支えているのだとほんのすこし誇らしくなって。
何の気まぐれか、彼は局へ寄るたびに自分の様子を伺ってくる。「調子はどう?」「徹夜ばかりしていてはいけないな」「君の仕事は本当に正確で助かるよ」と掛けてくる声にどきどきとして。給湯室のコーヒーがまずいとこぼしたら、外で買ったアメリカンを差し入れてくれたこともあった。そんな、お人好しなところに惹かれて。
ソロはたまに、まるで女性を口説くみたいにトニーへプレイボーイの手腕を振る舞うことがあった。それが、たんなるお遊びだとわかっていても、いつもときめいてしまった。そのときばかりは、無表情が板についていてよかった、と思った。こんな気持ちが彼に知られてしまったらおしまいだ。
──何がおしまい? 僕たちの関係? 友人でも何でもない、ただの同僚だっていうのに。
ひた隠しにしてきた思いが溢れてしまいそうだった。
枕元の香りはもうすぐミドルノートに移る。重々しいレザーとウッドの香りが淡くなり、シトラスやラベンダーのような甘い香りが顔を覗かせる。まるで、ソロの胸に抱かれているような錯覚をおぼえ、わずかに自身が反応しかける。もうこれ以上、彼を汚すような真似はしたくないというのに。
「でもこんなに、こんな、うう、はまってしまいそうだ……」
トニーは顔を覆いながら、無意識のうちにゆるゆると身体をゆすっていた。冷たいシャワーを浴びて忘れてしまいたい。けれど、その夜、トニーは香水が最後のラストノートを放つまで、ぐずぐずとひとり自分を慰めるはめになってしまった。
//
ソロはホテルの一室で目覚めた。外での任務が多い関係上、彼はよく適当なホテルをいっときの仮住まいにしていた。セーフハウスはいくつかあるが、人はあまり入れたくない。その、人というのは隣で眠っている女性だった。
たしか、昨日の晩にロビーで目が合って部屋に連れ込んだ彼女。こういうことはよくある。病的な女好きと称されることもあるほどだ。目が合って、合意があればお持ち帰り。
しかし、まあいつものことだから。と、ソロは身支度を済ませてから彼女を起こした。「朝食でもどうだい?」と誘ったが、もう仕事の時間だからと振られてしまった。シャワーを浴びて立ち去る彼女。これも、いつものこと。
そういえば、自分も報告があったな、と、部屋の扉が閉まると同時に名前も忘れた女性の背を見送りながら、彼も部屋を出た。
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CIA本局、トニーの居る部署は、いつも煙草の臭いが充満している。誰の机上を見ても灰皿がいっぱいになっていて、いつ入れ替えているのだろうとソロは考えてみたが、どうでもよくなった。うすくけぶる向こうに、目当ての人物が見えたからだ。
「おかえりなさい、ソロ」
ほのかに花のようにほころぶトニーの顔。他の人間からしたらほとんど無表情に見えるのに、ソロにはまったく健気で可愛らしい表情に見えるのだから不思議だ。
この間の偽造パスポートを使った任務が終わったので、報告をしがてら寄ったのだ。書類仕事は面倒だが、「ただいま」をいう相手がいる場所に帰るのは、なんだかほっとする。
世界中に恋人がいるようなものだというのに、ソロは自分の恋を「刹那的で、一瞬で燃え上がってはその次の瞬間に燃え尽きてしまうような、短い夢」のようなものだと思っている。自分も相手も一夜の夢に溺れて、それでも愛し続けることは約束できないから、その場できれいに別れてさようなら。それで十分だったし、それ以上の気持ちを抱いたことがなかったので、いつも最後はひとりになってしまう。気楽なものだった。今までは。
「いい子にしていたかい? ダーリン」
「ダーリンじゃありません。使用済みのパスポートを預かりますから、早く出してください」
「まったく、君はつれないねえ」
そう、このつれない相手こと、トニー・メンデスにソロはいつからか興味を抱いている。
──いったい、なんと表せばよいのだろう。
ソロはU.N.C.L.E.という、米ソ英のスパイによる国際犯罪に対抗するためのチームに入っている。メンバーは一癖も二癖もある二人で、意見の衝突もあるが、何だかんだいって協力し合ってもう何度も任務をこなした。
そこは、ソロがはじめて居心地がいいと感じた場所であり、今まででいちばん生きいきと仕事の出来るチームだった。
しかし、それとはまた違う安心感。
カメレオンのように他人になりきる任務は、緊張感と駆け引きの楽しさはあるが、いつの間にか本当の自分を見失ってしまいそうになる。それが、トニーのそばでは何も纏う必要がなく、素のナポレオン・ソロでいられる。だから、安心するのだろうか。
「何をにやにやしているんですか」
眉間にしわを寄せた後輩に睨まれても、可愛らしいとしか思えない。重症だなあ、とソロは他人ごとのように苦笑しながら、いつもの通り書類を出して手渡す。と、かすかに重たげな甘い匂いが鼻をくすぐった。煙草とは違う、彼から香るにはめずらしい類の。
「そういえば君、もしかしてあの香水つけているのかい?」
そう問いかけたときのトニーの顔といったら。さっと血の気が引いたかのように青くなったと思いきや、一瞬でもとの無表情を装ったのだ。これは何か隠しているとしか思えなかった。
「ちょっと試してみただけです、一回だけ、偶然、たまたま……」
「そんなに慌てなくても別に返せなんていわないよ。へえ、使ってくれたんだなあ。けっこう君にも似合うんじゃないか、この香り」
そうして「俺は好きだよ」となんの気なしに褒めたときのトニーが、一瞬あんまりにもいけない目をしていたから、ソロは気づいてしまった。
今まで一夜の誘いに乗ってきた人間と同じ、ある種の期待を宿した目。
──そうか、君は。
だから、いつものようにからかうのではなく、本気で口説いてしまいそうになった。無意識だった。トニーの頬に指を滑らせ、今にもくちづけてしまいそうになって、ここが仕事場であることに気づいて止まった。あまりにも惜しい。
「今晩、この間のホテルの部屋で待ってる」
それだけ耳元に囁いて、ソロはその場を去った。
//
トニーがホテルの部屋を訪れたのは、その夜の十一時ぴったりだった。
それまでの間、彼のなかではいくつもの疑問や煩悶が交わされたが、ひとりでは答えが出なかった。ソロに笑顔で迎え入れられても、「これは夢だ」としか思えなかった。夜にホテルの部屋を訪ねるという意味を、まさか知らないとはいえない。セックスの誘いだと、きちんと分かっていた。
ソロと肉体関係を持つ。それの意味するところは結局、自分の気持ちが相手にばれてしまったのだということ。相手もどうやら満更でもないことが伺える。
しかし、あのナポレオン・ソロだ。トニーは、一夜で彼の元を去った女性を何人も知っている。誰も彼を留めないし、彼も誰も留めて置かなかった。自分も、そうやって一夜の相手として終わってしまうのだろうか。それが怖かった。しかし、この一度でいいから彼と繋がれるのであれば、二度とないチャンスかも知れない、とも思った。
「緊張しているね」
「はい」
「シャワーは?」
「あの、浴びてきました……じゅ、準備も……」
「そう、じゃあ、分かっているね」
優しく髪をとかされ、夢見心地になると同時、冷静に自分の立場をはっきりと知ってしまった。おそらく、ソロはうぶな後輩に興味がわいて、好奇心で抱きたいのだ。だったら、その好奇心に感謝したい。たとえ、明日の朝には捨てられるとしても。
トニーは、バスローブを着たソロの前に立ったまま、おずおずとジャケットから脱いだ。
「電気は、あの、できれば暗くしてください」
「ああ、気づかなくて悪かった」
ベッドサイドの小さな明かりだけに絞り、二人はともにシーツの海へと沈んだ。ソロはバスローブの前をくつろげて、逞しい上半身を晒してトニーを受け止めた。
どっとトニーの心臓が跳ねる。まだワイシャツと下着をつけたままの格好が滑稽のような気がして、いそいで脱ぎにかかる。それをソロが「俺にも脱がせる楽しみをくれないか」と、指を引っ掛けて止めた。
そのままシャツと下着を奪われ、「君の身体は内勤が多い割にうつくしい。腹筋がきれいにうすく割れてる……意外と腰が細いのがそそるね」と耳元に囁かれれば、トニーはもう顔を真っ赤にして耐えるしかなかった。
「そんなに緊張しないでくれ。優しくするから」
紳士的に差し出された手が、トニーの顎をすくって上向かせる。キスをひとつ落とされた。唇に。はじめてのキス。軽く唇が合わさっただけなのに、ふわふわとして落ち着かない。しだいに、ソロはトニーの頬、鼻、額とキスを落としていき、髪を逆撫でてこめかみにもキスをした。
そうして、低く、雄の威厳を持った声でもって「抱いてもいいね」と尋ねられれば、トニーは「はい」としかいえなかった。
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トニーの身体は正直だった。ソロが指で触れた場所はほんのりと赤く染まり、嬌声はちいさく、しかし頻繁に上がった。首筋を舐めると、くすぐったいのか顔を反らして抵抗しようとするが、頭を捕まえて耳殻に舌を添わせると、「くぅ……」といっとういい声で鳴いた。
もう今朝の香水の匂いは残っていなかったが、髪からかすかに煙草と、彼の体臭がする。血の通った、熱い皮膚の匂いだ。
「いや、だめ、ああ、ソロ……」
トニーは全身をこわばらせて、なんとか快感から逃れようとしてしまうが、無駄な抵抗だ。反応はすこぶるいいし、素質もある。しっとりと汗ばんだ乳房を揉めば、熱い吐息で応えてくれる。
ソロは、目の前に寝かされた極上の餌に食いついた。右の乳首を甘噛みして、左は指でこりこりとなぶる。芯の通ってきたそこは、思いのほか手に馴染んで可愛らしかった。吸い付き、噛み付き、なぶり、揉みしだく。トニーの乳房はソロの手に踊らされて、すっかり柔らかく淫らな姿になってしまった。
口の端から、つうっと唾液の糸を垂らして、蹂躙する男は「最高に美味しそうな姿だよ」と微笑った。まるで肉食獣の戯れに付き合わされているような気分だった。がぶりと胸を甘噛みされ、二の腕の柔らかいところを噛まれ、脇まで舐られる。皮膚のうすいそこは、ことさらくすぐったさと快感が紙一重で、トニーは自分が羞恥で破裂してしまうのではないかと思った。
うすい腹筋の筋を丁寧に舌でなぞられたときは、もう拷問にも等しい快感を拾っていた。まだ性器に触れられてもいないのに、出てしまいそうだった。そそるね、といわれた腰のあたりは、ことさら慎重に責められた。触るか触らないかの距離で撫ぜられ、皮膚がぞわぞわと歓喜に泡立った。もう限界だ。性器に見立てた尖らせた舌をへそに挿入されたトニーは、全身が性感帯になったような気持ちで、拾いすぎた快感を上手く処理できずに、びくりと身体を大きく跳ねさせ、感極まってしまった。
びく、びく、と肉体が精神を裏切ってちいさく痙攣している。こんなに苦しくて気持ちがいいのははじめてだった。「ああ、君ってば! なんて可愛いんだろう」ソロは歓喜のキスをトニーの顔中に降らせた。それだけでもひくりと身体が反応して、吐精したはずの性器はまた兆し始めている。「もう焦らさないよ」ソロは自らの性器を取り出して、ソロの後ろに沿わせる。まだ慣らされていないそこは、警戒して固く口を閉ざしていた。
「後ろの経験ははじめてかい?」
「……はい」
「じゃあ、とびきり優しくしないと」
もうこれ以上優しくされたら、どうなってしまうのだろう。不安と期待がないまぜになってトニーの胸中を渦巻いていた。ソロが潤滑油を取り出したときも、それが、愛液の分泌されない男同士で使う道具だと、知識として持ってはいたものの、実際に見ると緊張で何もかも頭から抜けてしまう。
「ゆっくり息を吐いて、吸って、リラックスして」とソロにいわれても、頭はパニックだった。しかし、潤滑油をたっぷりと取った彼の中指が後孔にあてがわれたとき、ついにトニーは覚悟して息を吐き出した。
くるくると孔の周りのしわをのばすようにマッサージしていたかと思うと、つぷり。彼の案外無骨な指がなかに侵入してくる。「あ、あ、あ」と再びパニックを起こしかけたトニーの額に、ソロはキスの雨を降らせることで落ち着かせる。
一本、二本と指が入り、トニーのなかの柔らかいところを探るような手つきでもって慣らしていく。三本目が入ったところで、ふいに、指がいいところにあたった。
「ひゃあ!」
ひときわ高く上がった声に、ソロもそこがトニーの性感帯だと分かった。前立腺。男同士の行為でいちばん快感を得ることの出来る器官だ。「大丈夫、ここが気持ちいいんだね、大丈夫」ソロは前立腺には触れずに、その周辺をくるくると撫で回し、マッサージをするようにして快楽に慣らしていく。焦っては怖がらせてしまうと思ったのだ。
慣らすと同時に、さきほどまで快感を得ていた胸や横腹を舐り、怖くない、気持ちいいものだと教え込む。トニーは最初、びくついて身体を固めていたが、徐々に力が抜けて従順になってきた。「トニー、いいかい?」と聞かれて、何のことか分かっているのかいないのかという顔で「はい」と答えたときには、もうすっかりマッサージの虜になっていた。
──素質がありすぎるというのも、心配なものだな。
腕のなかで自分にすべてをゆだねる、無防備な姿の後輩にそう思う。が、ソロももう限界だった。張り詰めた自身の性器を取り出し、ぬちゅりと抜いた指が慣らした孔へとあてる。「トニー」ソロは目の前の男に、ひときわ愛おしげな色をのせて囁いた。
「愛しているよ」
//
それは、穏やかな嵐のようだった。矛盾する感覚。
ソロを受け入れた後孔は、はじめ、まだ抵抗するかのように侵入を拒んでいたが、太いカリの部分が入ってしまえば、あとはすんなりとそれを受け入れた。ずるりと入り込むものは、指と違ってとても質量があった。
トニーは、無意識のうちに唇を噛んで衝撃に耐えた。そうして、ゆっくりと律動するのを感じる。ずっ、ずっ、とすこしずつ慣らされ、先程のいいところをかすめられると尾てい骨のあたりからびりびりと電流が上ってくる。反射的に腰を反らせば、腹の奥にソロのものが強く押し付けられ、トニーはますます彼の腕のなかで踊った。
「あ、ああ、やだ、おか、おかしい……」
「おかしくないよ、可愛いよトニー。気持ちいいね、ほら、こんなに」
見せつけられた自分の性器は、だらだらとよだれをこぼして悦んでいる。それをすくって、ソロはトニーの性器全体にうすくのばした。優しく、やさしく。腰の律動をやめずに性器を弄られたものだから、尾てい骨から上る電流はますます強くなり、トニーの身を焦がす。こんなに穏やかに触れられているのに、嵐のなかに放り込まれたようだった。
「愛しているよ」といわれて嬉しかった。それがお決まりの戯言でも、今だけは信じられた。だって、こんなにも彼の手は優しい。トニーはそっと涙を流した。流れるしずくを舌で追ったソロに「大丈夫、気持ちいいね」と囁かれると、もうそれしか考えられなかった。
下腹がふるえて、びくびくと脚が痙攣しはじめる。知らない感覚。何かが上り詰めてきていた。「ソロ……! あ、こ、こわい……」「大丈夫、そのまま身を任せて」穏やかに続く律動。痙攣。先端をくすぐられながら抽送されると、なかで何かがぞわぞわと広がるのに、どうしてもせき止められてしまう感じ。はじめてのオーガズムがそこまで迫ってきていた。
トニーが知らない感覚に目をぎゅっとつむって耐えると、ソロが腰の動きを速めて、ぐりっと先端を強くこすった。次の瞬間、洪水。「あっ」と思ったときには、トニーは吐精してオーガズムを迎えた。意識せず、なかをぎゅうと締め付けてしまい、ソロもくぐもった声を漏らして精を吐き出す。そうして、夜の嵐はおさまった。
//
朝が来る前に去ろうと思っていたのに、トニーは疲労でまったくベッドの上から動けなかった。だから、「ところで、返事を聞いてもいいかな」とソロに問われたときも反応が遅れた。
「……返事って?」
「愛しているといっただろう? 君は?」
何のことか。返事。もちろん、自分もソロを愛している。しかし、口には出さなかった。一夜の関係で終わってしまうと思っていたからだ。ほかん、として返さないトニーを見て、ソロはやっと察しがついた。まったく、この子は。
「いいかい、これは伊達や酔狂でしたことじゃないんだ。俺が、ほんとうに君を思っているから、愛しているから抱いたんだ。そうだ。ナポレオン・ソロは、トニー・メンデスを愛しているよ。心から」
それを聞いて、トニーは真っ赤になってうつむき、「でも」とか「だって」と言い訳していたが、ソロは全部無視して抱き寄せた。「君ってほんとうに可愛い」とキスの雨を降らせた。マイナスな思考も、勘違いも、間違っているよと訂正して、もう一度抱いたらどんな顔をするのだろう。
「まあ、返事はわかっているけれどね。君は俺を愛しているだろう」確信めいた自信のある言動に、トニーはしばらくためらっていたが、最後にはちいさく頷いた。とうとう白状してしまった。けれど、同じ気持ちでいることが嬉しくて。
「僕も、あなたを愛しています。きっと、あなたが思うよりずっと前から……」