WHAT MAKE A GOOD MEN? - 10/11

//愛するものが死んだときには

 

「ああ、確認した。ニュースになってる。よくやった。すぐに身を隠せ。後は上手くやる」
 カーテンを締め切ったホテルの部屋は、昼だというのに夜のように暗かった。完全に遮光された空間で、トニーは連絡員からの電話を切り、ベッドに倒れこむように寝転がった。

「オーガスト、ヨーロッパのテロは成功だ」
 囁くように報告する先には、枕とぐちゃぐちゃになったシーツしかない。しかし、トニーはまるで誰かいるかのように、構わず話し続ける。

「死傷者はまだ発表されてないが、何百人単位で死んだだろう。政府はどうせ隠す。でも、これで体制と戦おうとする人間が出てくるかもしれない」
──そうしたら、オーガスト、君は嬉しいか?
 返事はない。当たり前だ。彼以外誰も居ないのだから。オーガスト・ウォーカーは死んだ。殺された。汚いテロリストとして。国家の転覆を図ったアナーキストとして。政府に存在をなかったことにされた。CIAの汚点だと、当然、壁の星にもならなかった。

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 オーガスト・ウォーカーの裏切りと死を知ったとき、トニーは何も知らなかった自分に愕然とした。オーガストが世界を壊そうとしていることなど、自分は何もわかっていなかった。彼の思想、声明文、行動、何もかもが、知らない誰かの軌跡のように感じられた。しかし、オーガストのなかに闇が潜んでいることは薄々感づいてた。どうしてもっと知ろうとしなかったのだろう。もっと、彼の闇に踏み込んでいれば、と思うが、恐ろしかったのだ。何が? 愛する男がテロリストだという事実が? どうだろう。いまとなっては、恐怖よりも、後悔の念でいっぱいだった。

 トニーはオーガストのことについて調べた。政府もCIAも隠そうとしたが、あらゆるつてを使って彼の過去を掘り返した。そうして、彼の受けた仕打ち、国や政府にひどく傷つけられてきたことを知った。これが、オーガスト・ウォーカーをテロリストにした経緯なのか? こんなに仲間や自分を切り捨てられ、見捨てられ、裏切られ続けてきたのか? それで、体制をひっくり返そうと躍起になっていたのか?
 すべてに合点がいったとき、トニーはCIAに辞表を出し、姿を消した。

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 アポストルのメンバーと連絡をとるのは難しかったが、トニーにはやらなければならないことがあった。オーガストの遺志を受け継がなければならないと思っていた。そのためならば、人殺しも厭わないと感じていた。

「大いなる苦しみのあとに平和が訪れる……」
 ジョン・ラーク──オーガストの声明文を傍らに、何件かのテロを計画し、実行した。テレビではその様子が毎日のように流れている。世界は混乱に陥っていた。政府が隠そうと躍起になっても、裏では声明文に賛同して奮起する人間も出てきていた。

「メンデス」
 呼ばれて顔を上げると、寝室の扉の前にソロモン・レーンが立っていた。イギリスでのテロの際、彼の解放を条件に人質をとって、取り返した人物。アポストルにはボスが必要だ。それも、構成員に必要とされるような。自分はただの復讐者なのだから、裏方の方がいい。とトニーは思っていた。

「首尾は」
「ああ、ヨーロッパの作戦は成功した。いま連絡員から報告が来た」
「そうか。後片付けは頼む」
 どうやら、報告を怠っていたせいで気になって部屋まで来たらしい。ベッドに横たわったまま答えると、いつものようにそっけなく返された。彼が何を考えているのかはよくわからないが、目的が同じなので手を組んでいる。必要とされなくなれば殺されるかもしれないが、いまのところ切り捨てられる心配はなかった。

「わざわざ来なくても、電話でよかったのでは?」
 ちょっとした嫌味だったが、それには答えず、レーンは無言でこちらをじっと見つめた後、部屋を出ていった。

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──トニー・メンデスは壊れている。
 とは、レーンの評価だった。先程は報告を聞きに行ったのではない。メンデスの様子を伺いに行ったのだ。彼は、寝室でくすくすと笑いながら、空のベッドに話しかけていた。「オーガスト」と呼びかけながら。まるで、愛おしいものがそこにいるかのようだった。いかれている。しかし、CIAで偽造技術に携わっていたという技術は完璧で、テロの際には潜入や偽装工作に大いに役立っているので、手放すのは惜しい。MI6から自分を解放せしめた手腕もなかなかのものだ。

「まったく、大きな爆弾を残していったな」
 いまはもう居ないオーガスト・ウォーカーに向けて独りごちる。自分には死人と話す趣味はないし、死んだ男が見えるわけでもない。だが、間違いなくトニー・メンデスの傍らにはあの男が居座っているのだろうと感じていた。

「まあいい。これでお前も浮かばれるだろう」
 寝室の扉に向けて苦笑いのような顔で吐き捨てると、想像のなかのオーガストがレーンに向かってにんまりと笑い返した。