//Try Hating The World
その日、カシミールは核の炎に包まれた。世界を救おうと奮闘したイーサン・ハントは、起爆装置のスイッチを手に入れることなく崖の下へと転落し、生き残ったのは、世界を壊さんとしたオーガスト・ウォーカーの方だった。彼は勝ったのだ。冷たい風がびょおびょおと吹き上げるヌブラ渓谷の間で、オーガストはカシミールの一帯が爆発する振動を感じていた。下から突き上げるような地響き、遠く聞こえる爆発音、山と霧とに阻まれて上手く見えなかったが、空に大きくキノコ雲が上がるのが確認できた。
──俺は目的を達成したのか。
ヘリコプター・チェイスと格闘戦で消耗した身体は、もう立っているだけでやっとだった。はじめて自分の手で成功させたテロ行為は、思ったよりもずっと達成感も何も感じなかった。ただ、疲れていた。顔の右半分に残った火傷がじくじくと痛み、吹き付ける冷風が気持ちよかった。このまま倒れ込んでしまえれば、と思ったところで、迎えのヘリが遠くに見えた。
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ヘリで安全な隠れ家に着いたとき、そこにはトニーがいた。彼は一目散にオーガストのもとへと駆け寄り、疲労で倒れそうな身体を支えた。
「オーガスト! どうして!」
「大丈夫、トニー。こんなもの、ただの火傷だ。俺は目的を達成した」
「ああ、わかってる。でも、こんな、酷い……」
手を震わせて大きな身体を支えるその姿からは、心配で心配でたまらなかったという気持ちが溢れ出していた。トニーは、オーガストの顔の火傷をおそるおそる、触れるか触れないかのところで確かめ、泣きそうな声をあげた。
「もうニュースになってる……カシミールで核爆発、テロの可能性……可能性じゃない、テロそのものだ……そう、これで何百人と死んだが、体制を崩すための犠牲だったんだ……そうだろう、オーガスト」
「ああ、大いなる苦しみのあとに平和が訪れる……これで世界はすこしは良くなる」
それを聞いて、トニーはオーガストの胸に顔をこすりつけて微笑った。その目はとろりと濁り、本気でオーガストと同じ世界の平和を望むものの、純粋な闇に満ちていた。
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オーガストが、自分はジョン・ラークというアナーキストであり、いまの腐った体制を壊すためにテロを行うのだ。という話をしたとき、トニーははじめ、戸惑っていた。なんとかオーガストを説得しようとした。しかし、熱心に繰り返し繰り返し思想を語り、自分が国から受けた傷のこと、壊れてしまった自分の心のことを話すうちに、諦めるように、ただ理解してくれたのだ。「お前の向かう場所に僕もついていくよ」といって、この計画を手助けもしてくれた。ジョン・ラークの替え玉を用意し、イーサン・ハントをはめるための偽の情報を偽装し、カシミールの地にまで向かうといってくれた。だが、IMFとCIAに計画が知られた以上、決戦の地は危険だといって遠ざけた。もしかすると二度と会えないかもしれない、という思いが胸にあったが、最後はオーガストが生き残り、計画は成功した。
「しばらく身を隠すことになるが、準備はいいか?」
「もちろん、偽造した身分証も用意した」
オーガストは隠れ家の埃っぽいベッドに腰を下ろしながら、新しく用意された身分証に目を通した。さすが、長年CIAで偽造技術に貢献してきただけあって抜かりはない。にやりと笑おうとして、顔の右半分が痛むのに気づいた。
「くそ、病院に行けないのが面倒だ。きっと酷い跡になる」
さっきまではアドレナリンが出ていて痛みを感じにくかったのだろう。だが、トニーの顔を見てほっとしたら、だんだんと鈍い痛みが広がってきた。しかし、病院に行くことはできない。きっとオーガスト・ウォーカーの顔写真が配布されているだろう。政府は鈍いが、CIAだって馬鹿じゃない。
「ふふ、男前になったんじゃないか?」
気休めの医療キットを持ってきたトニーが、オーガストの顔を消毒しながら答えた。ガソリンとアルコールの混じり合ったにおいが鼻をかすめ、消毒薬が傷口にしみる。「いいよ、僕はどんなお前の顔でも好きだ」といって、トニーが傷にくちづけをしたので、オーガストは彼を引き寄せて唇をむさぼることにした。かすかに感じる自分の血の味。
国でも政府でもCIAでも、何に追われても、怖いものなど何もない。「ふたりで世界を浄化しよう」と誓い合う。その先が闇に包まれていても、光で溢れていても、立ち止まることはもうできないのだから。